長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『春画先生』

2023-11-03 | 映画レビュー(し)

 人間、年を取ると好みが変わるものだが、人の性(さが)はそうそう変わらない。塩田明彦監督62歳の新作は長編デビュー作『月光の囁き』にルーツを遡る、およそ2020年代の映画とは思えないヘンタイっぷりだ。

 冒頭、場末の喫茶店でバイトをする弓子が地震に見舞われる。大きな揺れにつながるであろう震動に気付いているのは、おそらくこの場で自分1人しかいない。これはひょっとして世界がひっくり返るような厄災だろうか?やがて…何も起こらない。人生の変革なんて自分には起こり得ない。ふと目を逸らすと、テーブルの上に男女のまぐわう画が広げられている。こんな場所でそんな物を堂々と見るのは、近所でもおなじみ“春画先生”だ。

 日本映画史上、初めて無修正の春画が登場する本作は、春画を単なる江戸のわいせつ本程度に思っている観客に新しい発見をもたらしてくれる。画の中央を占めるあまりにも写実的な“結合部”に文鎮を置いてみれば、途端に思いがけないモノが見えてくるのだ。交わらない男女の目線には2人の感情のすれ違いがあり、あられもない痴態の向こうに広がる景色には開国を迫られる日本への風刺がある。塩田は春画と同じように映画のあらゆる部位を隠していく。あけっぴろげな春画に頬を赤らめる弓子の顔は映さず、観客に届くのは上気した彼女の吐息のみ。そこに私たちは未経験の出来事に恥じらいと興奮、そしてこれから起こるであろう人生の変革に期待する弓子の衝撃を知るのだ。乱れに乱れていく北香那は今年特大級のブレイクスルー。『月光の囁き』の主演つぐみを思わせる危うさもあるが、より健康的、メインストリームであるのが現在(いま)風だろうか。何より不機嫌な表情が素晴らしい!

 『春画先生』には62歳となった塩田ならではの性(せい)に対する大らかさがある。映画に裸体が映れば不思議と劇場からは笑い声が漏れる。江戸時代、春画は“笑い絵”とも呼ばれていたそうだ。性欲とはなりふり構わない無様さと紙一重であり、いくらハンカチで表情を覆おうと隠しきれない芳香を放つ。中盤、映画の次元を捻じ曲げるような安達祐実が登場すると、『春画先生』はいよいよ行方がわからなくなる。おぉ、かつての『月光の囁き』と同じ快感だ。

 映画を“正しさ”だけで観る手合は、年重の男のために若い娘がカツオブシを握る様がけしからんと眉をひそめる所だろうが、男女の愛とはそんな他人の目から見えない所にこそある。時に人はそれを愛と呼ぶかもしれないのだ。

※『春画先生』についてはポッドキャスト(第18回)でもお喋りしています※


『春画先生』23・日
監督 塩田明彦
出演 内野聖陽、北香那、柄本佑、安達祐実

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