長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ラチェッド』

2020-10-18 | 海外ドラマ(ら)

 不朽の名作『カッコーの巣の上で』に登場し、映画史上屈指の悪役と言われるラチェッド婦長の前日譚…これを聞いてネタ不足のハリウッドもついにここまで来たかと悪寒が走った。しかしショーランナーは当代随一の名プロデューサー、ライアン・マーフィーである。この酔狂のような企画も彼ならではの大胆な解釈の下、現代を捉えるのではと期待した。オリジナル映画でラチェッド婦長を演じたルイーズ・フレッチャーはアカデミー主演女優賞を獲得。今回演じるのは『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』でエミー賞に輝いた名女優サラ・ポールソンだ。不足はない。

 今回のTVシリーズ版の舞台は戦後間もない1950年代。ミルドレッド・ラチェッドが州立精神病院ルシアへ面接に訪れる所から物語は始まる。ここには牧師4人を殺したエドモンド・トールソンが収監されており、心神喪失による無罪か、はたまた死刑かと社会の注目が集まっていた。

 ライアン・マーフィーはNetflixと専属契約を結び、今年だけでも『ハリウッド』『ボーイズ・イン・ザ・バンド』など計5本の映画、ドラマをリリースする予定になっている。働き過ぎやしないか。キューブリックを思わせる病院内の神経質なプロダクションデザインやバーナード・ハーマン調の音楽にサイコロジカルホラーを目指している事はわかるが、いやいや既に同じ座組で『アメリカン・ホラー・ストーリー精神科病棟』をやっているではないか。過剰なライティングとグロテスクなショック描写はやり過ぎギリギリで、サラ・ポールソンとライバル婦長役ジュディ・デイヴィスが冷蔵庫の桃を巡って口喧嘩するシーンは「いったい何を見せられてるんだ」と笑いが出てしまった。ラチェッドが同性愛者だったという展開はマーフィーらしい現代的アレンジだが、正直な所まとまってはいない。

 この“名作の前日譚”という商法でこれまで何本も作られてきたが、必然性を持った作品はほとんど皆無だろう。そもそも、『カッコーの巣の上で』で管理社会の象徴として登場する冷血ラチェッドに物語を持たせる必要があったのだろうか?もちろんマーフィーは何か物語を見出しているのだろが、このシーズン1で夢中になれる要素は見つからなかった。


『ラチェッド』20・米
製作 ライアン・マーフィ
出演 サラ・ポールソン、フィン・ウィットロック、シンシア・ニクソン、ジョン・ジョン・ブリオネス、ジュディ・デイヴィス、シャロン・ストーン、コリー・ストール

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