長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パリ13区』

2022-05-09 | 映画レビュー(は)

 『リード・マイ・リップス』『真夜中のピアニスト』『預言者』など、現代フレンチノワールを手掛けてきた巨匠ジャック・オディアールが『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ、ノエミ・メルランを迎え、とても齢70歳とは思えない瑞々しさの都会の恋愛映画を撮った。大都市だからこそ起こり得る人間の交錯を描いた群像劇で、原作はエイドリアン・トミネによる短編フラフィックノベルだ。

 ハードボイルド映画の巨匠が女性クリエイターと組んだ、時代に則ったフェミニズム映画と括りかねないが、いやしかしオディアールはかねてから“女優の監督”であった。エマニュエル・ドゥヴォスにセザール賞をもたらした『リード・マイ・リップス』では社会から疎んじられた難聴のヒロインが、前科者の男ヴァンサン・カッセルを従えて危険なヤマを踏む。『真夜中のピアニスト』で昼は地上げ屋、夜はピアニストを目指す主人公ロマン・デュリスにピアノレッスンを施し、やがてその立場を逆転させたのは言葉も通じぬ中国移民の女性だった。そして『君と歩く世界』ではオスカー女優マリオン・コティヤールが両足を失くしたヒロインに扮し、荒くれ男を付き従えた。オディアールはいつだって主体的な女に男たちを随伴させてきたのである。

 そんな意味でも『パリ13区』のアジア系移民エミリーはオディアール的なヒロインだ。コールセンターのバイトでは腹立ち紛れに客にあたり、男には媚びることなく、しかし自身の性的欲求に忠実だ。演じるルーシー・チャンはフォトジェニックなアジアン・フレンチながら、“動詞”を積み重ねるオディアール演出によってハードボイルドに映える。いつになくセックスシーンが多い本作で、オディアールは肉体をまさぐる愛撫でキャラクターの心理を描写しているのが新しい。『燃ゆる女の肖像』に続いて意識的にクィアを演じているノエミ・メルランも頼もしく、彼女演じるノラが都会の片隅で漂泊し、まるで片割れのような女性アンバーとの出会いによって心を通わせていく姿は本作のハートだ。

 オディアールはキャリアハイにあった『預言者』ではなく『ディーパンの闘い』でパルムドールを受賞し、その後やや盛りを過ぎた感があったが、こんなフレッシュな映画を撮るとは思わなかった。映画館を出た後の街の雑踏も心地良い好編である。


『パリ13区』21・仏
監督 ジャック・オディアール
出演 ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン、ジェニー・ベス


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