“ユニコーン企業”とは創業10年以内に10億ドル以上の評価額が付けられている非上場のベンチャー企業を指す言葉だ。近年、ハリウッドではこれらのスタートアップを描いた作品が相次いでいる。Showtimeからリリースされたジョゼフ・ゴードン・レヴィット主演『Super Pumped』はUber創業者のトラヴィス・カラニックを、日本ではディズニー+で配信中のアマンダ・サイフリッド主演作『ドロップアウト』はセラノスのエリザベス・ホームズが主人公だ。そして本作『WeCrashed』はコワーキングスペース“WeWork”を創業したアダム・ニューマンの栄枯盛衰が描かれる。
記憶に新しいところではフェイスブックの創業者ザッカーバーグを描いたデヴィッド・フィンチャー監督作『ソーシャル・ネットワーク』が同ジャンルに存在し、いずれも資本主義とアメリカンドリームの限界、人間の欲望と孤独が描かれてきた。それは遡ればオーソン・ウェルズが『市民ケーン』から描いてきた“アメリカ”そのものとも言える。第1話ではイスラエル移民のアダム・ニューマンが、冴えない商品を売り歩くセールスマンからほとんど詐欺師まがいの方法でのし上がっていく様が描かれる。平然と嘘をつき、人を騙しながら人間の絆や企業の在り方といった社会道徳を説く様はソシオパスと言って良く、演じるジャレッド・レトはどこぞの吸血鬼映画よりもハマっている。WeWorkが成長するとアダムは社員を薄給で働かせ、飲み会とド派手なパーティでアジテーションを繰り広げて、彼らを精神的にマヒさせていく。ほとんど新興宗教のマインドコントロール同然だ。
そんな彼が運命の女性レベッカと結婚する。なんとグウィネス・パルトロウの従姉妹というレベッカ・ニューマンは、オスカー女優であるグウィネスの後塵を拝し、女優として成功することはなかった。彼女はアダムと結婚した事で共同経営者の立場を獲得し、教育事業に参入しようとする。アン・ハサウェイはかつて起こった自身に対するアンチ運動へのカウンターのように、あえてこの自己愛と承認欲求の強い憎まれ役を演じているように見えて面白い。本作ではレトと共にエグゼクティブプロデューサーを兼任。俳優が演じたい役を自身で作る時代であり、久々に本来の実力を発揮している。
このアダムとレベッカという2大ソシオパスによって率いられたWeWorkが破綻するのは株式市場に興味がなくても明らかなことで、グレン・フィカーラ、ジョン・レクアのコンビは本作をほとんどホラーとして演出している。第4話ではアダムが出資を頼ってなんとソフトバンクの孫正義を訪問、巨額の資金を取り付けるエピソードが描かれている。これを演出するのがやはり実在のソシオパスによる巨額横領事件を描いた『バッド・エデュケーション』のコリー・フィンリー監督で、『WeCrashed』はレトにとってさながらもう1つの『アメリカン・サイコ』だ。エンドロールに登場するアダム・ニューマンはレトよりもずっと感じの良い好青年で、製作陣がより辛辣に手厳しく作ったことがわかる。“ユニコーン企業”という言葉の輝かしさとは裏腹に、得体の知れない信用情報によって操作される株式市場、アメリカ資本主義への冷ややかな批評が本作の本懐だ。
しかし、このあまりに共感しにくい2人を主人公に計8話もの時間がかけられる物語がここにはあったのだろうか?デヴィッド・フィンチャーはアーロン・ソーキンによる4時間以上にも及ぶ膨大な脚本を、出演者全員に早回しをさせる事によってきっかり120分に収め、傑作へと昇華した。もう2〜3話刈り込んで批評性を研ぎ澄ます事ができたかもしれない。
『WeCrashed〜スタートアップ狂騒曲〜』22・米
製作 ドリュー・クレヴェロ、リー・アイゼンバーグ
監督 グレン・フィカーラ、ジョン・レクア、コリー・フィンリー
出演 ジャレッド・レト、アン・ハサウェイ、カイル・マービン、アンソニー・エドワーズ、アメリカ・フェレーラ、キム・ウィソン
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