長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『POSE』

2020-10-04 | 海外ドラマ(ほ)

 物語はトランスジェンダーのブランカがエイズ陽性の診断を受ける所から始まる。舞台は1987年のNY。エイズの爆発的蔓延期であり、同性愛者を中心に拡がった事から社会的な偏見が助長され、「反キリストの罰」とまで言われた時代だ。ゲイコミュニティ側にも正確な知識が不足しており、コンドーム着用を怠った事が大きな原因と言われている(ロバン・カンピヨの『BPM』もサブテキストにぜひ)

 余命を悟ったブランカは決意する。自分らしく生きて、夢を叶えなくては。当時、NYのブラック・ゲイカルチャーでは“ファミリー”と呼ばれるグループが形成され、それらが“ボール(舞踏場)”で互いの美を競い合う“POSE”というイベントが行われていた。ブランカは所属するファミリー“アバンダンス”のマザー、エレクトラからあらん限りの蔑みを浴びながら独立する。彼女の夢は自らがマザーを務めるファミリーを作り、ボールで優勝する事だ。

 『POSE』は見慣れないシチェーションだが、作りは直球どストレートの熱血トレンディドラマだ。見所の1つであるボール対決は主催者が決めたテーマに沿って着飾り、ポーズを決めて踊るというもので、この祝祭感は否が応でもアガる。ここでの優勝は彼女達にとって最大の栄誉であり、熾烈な戦いはほとんどバトル漫画のノリだ。ドミニク・ジャクソンがド迫力で演じるエレクトラは超えなくてはならない絶対的ライバルとしてブランカの前に立ちはだかり、最終回は激アツの展開が待っているぞ。

【ハリウッドにもたらされた“革命”】

 本作は全米中のオーディションで選ばれた総勢50名以上にも及ぶ黒人トランスジェンダー俳優を起用している。近年、シスジェンダーの俳優がトランスジェンダーを演じる事に対して批判的な言論があり、それに対し「どんな役でも演じられるべき」と反論している俳優もいるが『POSE』を見れば全くの見当違いだとわかるだろう。これだけ才能豊かな俳優達が正当な評価もされず、自身が演じるべきトランスジェンダーの役柄すら奪われてきたのだ。これは人権問題であり、ハリウッドにおいては性別による不利益を覆すための労働争議なのである。

 余命を悟った事で命を燃焼させる主人公ブランカ役のMJ・ロドリゲス、エレクトラ役ドミニク・ジャクソンは刮目すべき存在感であり、彼女らはじめキャストアンサンブルの充実は各賞レースの作品賞レベルだ。それでも実際に評価されたのは中年ゲイの悲哀を演じたベテラン、ビリー・ポーターだけだった。ハリウッドはライアン・マーフィーの問い掛けに「準備不足」と回答したようなものだ。

【ルールズ・オブ・80s】

 数少ない白人キャストとなるのがエヴァン・ピーターズ演じるスタンだ。彼はドナルド・トランプに憧れるビジネスマンで、何とトランプタワーに就職する。妻子にも恵まれ、何不自由ない生活に見える彼の心の内には空虚さがあり、それを埋めるかのようにトランスジェンダーのエンジェル(キュートなインディア・ムーア)と愛人関係に没頭する。彼は言う「ブランドにしか価値を見出せなかった」。80年代はレーガン大統領の“レーガノミクス”による新自由主義経済によって経済不況からの脱却が行わていく一方、今日に至る経済格差の温床となった。その過程で不動産王として名を成したのがドナルド・トランプだ。

 スタンの上司を演じるジェームズ・ヴァンダー・ピークはブレット・イーストン・エリス原作の『ルールズ・オブ・アトラクション』に主演した俳優で、彼が演じた役には同じくエリス原作『アメリカン・サイコ』でクリスチャン・ベール演じたパトリック・ベイトマンの弟という裏設定がある。80年代の物質文明を批判したエリス作品が遠隔的に引用されている事からも、本作がトランプへのカウンターであることがわかる。

【Black Lives Matter】

 僕が全くの無知だったため、彼女らが抱えるセクシャルマイノリティとしての苦難に驚かされた。エレクトラは白人“パトロン”との愛人関係により生計を立ててきたが、彼女が性転換を望んでも受け入れてはもらえない。愛人達は“女性”を求めているワケではないからだ。自らを律してきた者だけが持つ厳しさ(と圧倒的な口の悪さ)で周囲に接してきたエレクトラが自己一致に苦しみ続ける姿は辛い。

 また同じゲイでも女性装は下位に見られる事も初めて知った。ブランカは1杯のマルガリータを求めて何度もゲイバーに赴く。放り出され、時には殴られもする彼女に仲間は聞く。
「負けるとわかっているのになぜ?」
「戦う意味があるからよ」

 生まれながらの黒人差別に加え、性差別まで背負った彼女らを描く本作は全く異なる角度から光を当てたもう1つのBlack Lives Matterなのだ。この画期性に正当な評価が下されるまではもう少し時間がかかるかも知れない。それでも映画とTVシリーズを愛する者として見続けなくてはならない作品なのだ。


『POSE』18・米
監督 ライアン・マーフィー、他
出演 M・J・ロドリゲス、インドゥヤ・ムーア、エヴァン・ピーターズ、ドミニク・ジャクソン、ビリー・ポーター、インディア・ムーア


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