長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アリスのままで』

2018-04-04 | 映画レビュー(あ)

老いは誰にも平等に訪れるが、主人公アリスは人生の充実期である50歳で若年性アルツハイマーを発症してしまう。言語学者としてキャリアを築いてきたアリスにとって言葉を失う事はアイデンティティの喪失と同義だ。自分を自分たらしめるものとは何なのか。still Alice=アリスのままでいる事とは何なのか。

センシティヴなモチーフに対してリチャード・グラッツァー、ウォッシュ・ウエストモアランドの演出は時に大仰になり過ぎるきらいがある。本作で念願のオスカーに輝いたジュリアン・ムーアは名演だが、パニックを起こす難病演技はお決まりのソレであり、改めて2014年のオスカー主演男女優賞が冒険心のないチョイスだったのかわかる(主演男優賞は
『博士と彼女のセオリー』のエディ・レッドメイン)。ムーアの魅力とは本作で時折見せる記憶の波間にたゆたうような儚げさや、これまでの作品で見せてきた猥雑さではないだろうか。本作は彼女のベストワークではない。

ムーアのかたわらでクリステン・スチュワートが開花直前の美しいつぼみのような存在感を見せている事に注目したい。扮したリディア役は舞台女優の卵で家を空けがちだが、アリスの最後の理解者となる。彼女が発すチェーホフ『桜の園』、トニー・クシュナー『エンジェルス・イン・アメリカ』の一節がアリスを刹那、呼び覚ます。末娘が美しい言葉をあやつる事の悦び。アリスはリディアをまるで記憶の彼方にいる、かつて言葉に魅せられ始めた若き日の自分自身のように感じたのかも知れない。今のスチュワートにはそんな象徴を演じられるだけの知性と美しさがある。

 スチュワートは同年、オリヴィエ・アサイヤス監督『アクトレス』でアメリカ人女優として初のセザール賞を取る。ムーアの代表作としてはもちろんだが、スチュワートの開花直前作として憶えておきたい1本だ。


『アリスのままで』14・米
監督 リチャード・グラッツァー、ウォッシュ・ウェストモアランド
出演 ジュリアン・ムーア、アレック・ボールドウィン、クリステン・スチュワート、ケイト・ボスワース
 

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