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山頭火の一句鑑賞(八)     高橋透水

2015年03月03日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
あるけばかつこういそげばかつこう 

 「信濃路」の前書きがある昭和十一年の作。
 なんとリズミカルで明るい句ではないか。この句を読む限りまさかと思われるが、山頭火はまたもや自殺を図っていた。相変わらず真剣な自殺願望であるが、今度も死ねなかった。そのことを後悔し、深刻ぶっている。確かに当時は身心ともにボロボロだった。
 昭和九年、信州の飯田で急性肺炎にかかり川島病院に入院している。木曽より飯田に俳友を訪ねている旅の途中でのことだ。また憂鬱病だろうか昭和十年二月中ごろの日記では「みだれてしまった、自己統制をなくしてしまった」「心身疲労たへがたし」「終日終夜、悶え通した」等苦悩の文字が躍っている。同じ年の八月、自殺を図っていたのだ。こんども自殺未遂であるが、原因については山頭火の日記や手紙からも明らかでなく、「アルコールとカルモチンとがたたつた」と未遂の結果だけを伝えている。
 そんなことは何のことやら、どこのことやらと、翌年の春には行乞を名目に旅にでた。
かなり長距離で、岡山から九州へ。帰りはばいかる丸で神戸に向かい、東に向かった。途中、木村緑平に絵ハガキを出している。「〈伊豆はあたゝかく死ぬるによろしい波音〉ノンキだね!今夜は沼津、明日は箱根、明後日は層雲中央大会へ……」
 この旅の足で山頭火は何年かぶりの上京を果たした。東京での四月開催の『層雲』大会に出席したのである。〈ほつと月がある東京にきてゐる〉〈花が葉になる東京よさようなら〉の句をのこして、八王子に寄り、甲州から信濃、越後方面へと旅立ったのである。各地で『層雲』の同人を訪ね、世話になっている。
 俳友と久闊を温め、自然に触れ、旅の解放感が、一時とは言え、山頭火の心を弾ませたのだろう。甲信国境で〈行き暮れてなんとここらの水のうまさは〉そして信濃路での鑑賞句だ。この明るさだ。旅心こそやはり山頭火の一面だ。足は更に北陸から東北へと向かう。

 俳誌『鷗座』2015年3月号より
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