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富沢赤黄男の一句鑑賞(5) 高橋透水

2019年11月02日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
爛々と虎の眼に降る落葉 赤黄男  

 「旗艦」昭和十六年三月号初出。『天の狼』の巻頭句である。
 赤黄男は中支へ出征転戦後に中尉に昇進していた。他の俳人も多く戦場に駆り出されたが、それでも句への情熱は失っていなかった。
国内では銃後の戦争俳句ともいうべき句が各俳誌に載り、『旗艦』も「戦信」を掲載するようなった。掲句はそのころのものだろう。
 この句の「虎の眼に降る」は虎の眼前に落葉が降っているのか、落葉が虎の眼に映っているのが見えるのか、虎と化した赤黄男の眼中に落ち葉が降りしきるのか、読者は行ったり来たりする。いずれにせよ動物の眼を借りることにより、「静止画」が動き出す。この動きを読み手は実際に見ているかに錯覚する。今日の映像技法にもある手段だが、ここにリアリティ感が生じてくる。
 この句には戦場の悲惨さは消されている。結果、作者の悲痛な叫びのようなものは吐露されていない。ちなみに他の俳人の戦場句をみてみると、〈なにもない枯野にいくつかの眼玉〉〈我を撃つ敵と劫暑を倶にせる〉〈屍らに天の喇叭が鳴りやまず〉以上片山桃史。また〈おぼろめく月よ兵らに妻子あり〉〈雪の上にうつ伏す敵屍銅貨散り〉〈大兵を送り来りし貨車灼けてならぶ〉以上は長谷川素逝だが、赤黄男との違いは明らかだろう。
 赤黄男の同時句に〈凝然と豹の眼に枯れし蔓〉があるが、さらに虎の句として、〈日に吼ゆる鮮烈の口あけて虎〉〈冬日呆 虎陽炎の虎となる〉〈密林の詩書けばわれ虎となる〉などが挙げられる。また、〈日に憤怒る黒豹くろき爪を研ぎ〉〈黒豹はつめたい闇となつてゐる〉〈豹の檻一滴の水天になし〉や〈凝然と豹の眼に枯れし蔓〉といった「豹」を詠んだ句がある。
 赤黄男は動物を借りてなにを表現したかったのだろうか。直接的な怒りや悲しみではなく社会の矛盾を感じ孤独感を裡に秘めながらも、あからさまな感情や戦場の悲惨な描写を避けて詩としての俳句表現を志したのである。

  俳誌『鷗座』2019年7月号より転載
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