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山口誓子の一句鑑賞(4) 髙橋透水

2018年02月16日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
ピストルがプールの硬き面にひびき 誓子

 昭和十一年、『炎昼』に収録。
 ピストルは競泳のスタートの合図のためのもと思われるが、それが静寂を保つプールの水面に響き渡る一瞬を捉えた。室内なら壁や天井に響く音があり、一方でプールに響くわずかな時間差があるはずだが、「硬き面」と直接的に表現している。また戦前という時代性を考えて、屋外の競泳を詠ったのだろう。
 誓子の「自句自解」によれば、
 「硬き面」は、硬き水面である。水面は水の面(おも)であるから、「硬い面」を「かたきおも」と詠みたいが、字数の関係で、「かたきも」と読まし ている。 競泳のスタートである。泳者はみな自分のラインを目の前にして、ピストルの鳴るのをいまかいまかと待っている。
  鳴った。 その音は、たあんという短かくて硬い音だった。 その音が硬い音なのか、それともプールの平らな水面が、鉱物性の硬さを持っていて、 それにひびいたから硬い音に聞こえたのか。
 とあるが、句に登場するのは「ピストル」とプールの「硬き面」であり、人物は描かれていない。しかしそれだけで競泳者の姿や観客の視線まで情景が感じとれる。
 水は鉱物であるという誓子の認識がここに働いていて、やはり反響音のみでなく直接、硬質性のプールの水面に瞬時に響いたのだ。しかも「ひびき」と連用形にすることで、音の余韻だけでなく、句全体の余韻を醸し出している。緊張感のなかのピストル音、水面の反射音というわずかな時間差から、立体的な映像の世界へ導く効果を醸し出している。ホトトギスなど、今までの古典的な句では見られなかった誓子の素材主義が遺憾なく発揮されたといってよい。
 ほかに誓子のスポーツ句としれは〈雪挿しに長路のスキーの休あり〉〈スケートの紐むすぶ間も逸りつつ〉〈ラグビーのジヤケツちぎれて闘へる〉などがあり、当時の新しい句材への挑戦が感じられる。


  俳誌『鴎座』2018年2月号 より転載
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