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山口誓子の一句鑑賞(13)高橋透水

2019年01月26日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
 鶫死して翅拡ぐるに任せたり 誓子

 昭和二十年十一月の連作中の一句であるが、二十年の『晩刻』に収録されている。
 「死して翅拡ぐるに任せたり」は死んだ鶫を手にし、その鶫が飛んでいる様子を再現したかったのだろう。それを死者は生者にまかせたというのだ。興味あるものを徹底的に観察する誓子の本能がそうさせたのだろう。
 誓子の自句自解によると、
「私を喜ばそうとして、私につぐみをくれたひとがあった。私は喜んだ」「私は、つぐみが身にひきつけている両の翼を、両手でつかんで、それを拡げて見た。つぐみが生きて飛んでいるときのように両の翼を拡げて見たのである。 翼は素直に拡がった。しかし私が拡げたから拡がったのではない。死んでいるつぐみが、私の拡ぐるに任せたから拡がったのだ。つぐみは、死んで、私の為すがままになったのだ」とある。
 よく楸邨の〈雉子の眸のかうかうとして売られけり〉や〈鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる〉などと比較されるが、この句は観察だけに終わらず、死した生物に触わり実際に体を動かして支配しようとしている。死した鳥の羽は硬直しつつもまだ羽を広げる柔軟さを残している。まるで一体化したかのように、誓子は鳥と共に羽搏いているのだ。少年にありがちな骸に対する冷酷な愛情の再現である。
 潔癖さの裏側に潜む残酷さ、対象を極めようと無意識に働く非情さ。孤独な幼児時代はとかく自分より弱い動物に眼がゆき、ときに同情と愛情にはしり、ときに嫌悪と残虐な行為になる詩人がここにいる。
 ちなみ連作時の何句かを紹介すると、〈もたらしぬ鶫を風邪の床にまで〉〈頸垂れて鶫わが掌につゝまるゝ〉などがあるが、次の句はどうだろう。〈毟りたる鶫をしばしみつめたり〉〈妻も世に古りて鶫を炙りけり〉などに続き、究極の句は〈焼鶫うましや飯とともに噛み〉である。冷徹とまでいわないが、この最期の句で、誓子の一般人と変わらない食の精神をみたような気がし、ほっとする。

  俳誌『鴎座』2018年11月号より転載
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