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金子兜太の一句鑑賞(13) 髙橋透水

2017年08月17日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
 梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太

 初出は、「海程」昭和五十三年四月号だが、熊谷の自宅の庭での情景を見て咄嗟に生まれたと兜太は語っている。「その頃から既にずっと庭全体が、朝なんか特に青さめているんです。海の底みたいな感じ。青っぽい空気ですね。こう春の気が立ち込めているというか。要するに、春のいのちが訪れたというか、そんな感じになるんですね。それで朝起きてヒョイと見てね、青鮫が泳いでいる、というような感覚を持ったんですよ」
 自宅の庭に白梅紅梅が数本あるが、白梅が咲くと春と知るという。
 金子兜太『自選自句99句』では「気付くと庭は海底のような青い空気に包まれていた。春が来たな、いのち満つ、と思ったとき、海の生き物でいちばん好きな鮫、なかでも精悍な青鮫が、庭のあちこちに泳いでいたのである。この句はその想像の景が訪れたとき咄嗟にできた」と相変わらずの名調子である。
 兜太の感覚は時に鋭く時に大きく飛躍し常人の入れない世界を描いてみせるが、見たままを、そのまま丁寧に描くのでなく、見ることによって感じたもの、そしてその感じたものから色んなことを想像して描く、という特有な世界をもっている。しかし以前の「造型俳句」との違いは、完全に外界を創り直し新しい世界を創るということではない。あくまで感じたものをイメージ化したもので、その言語化したものを読者が鑑賞するだけである。
 こうした兜太の一連の発言からも 青鮫の意味するものはなにかなどと、あまり「青鮫」の象徴するものを詮索しなくてもよいようだ。秩父で育った兜太生来のアニミズムの昇華した句と思えば十分だろう。
 兜太の句には狼・猪・豹・狐・蝮・蛍・蚕などの動物が登場するが、鑑賞句は生まれ育った秩父とは縁遠い鯖が登場する。ちなみに他に鮫の句は、〈霧の夢寐青鮫の精魂が刺さる〉〈青鮫がひるがえる腹見せる生家〉がある。日銀勤務時代に各地を歩いた経験が、ふと庭にいる鮫のイメージを喚起したのだろう。

   俳誌『鴎座』 2017年8月号 より転載
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