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金子兜太の一句鑑賞(14) 高橋透水

2017年09月15日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
猪が来て空気を食べる春の峠  兜太

 昭和五十五年の作で、句集『遊牧集』に収録されている。「猪」は「しし」と読む。鼻をもぐもぐと動かし、獲物の匂いを嗅ぐ動作を「空気を食べる」と見立てたのであろう。
 峠は決して獣道だけではなく、むしろ住民のためであり旅人のためでもある。とすると「春の峠」には人間界の生活の匂いがするわけで、猪が春を感じる以上に山国の人々の春の喜びもあるわけである。
 兜太は造型俳句から象徴(イメージ)の俳句、アニミズムへと変遷するが、情(ふたりごころ)の概念も重要なキーワードである。
  『遊牧集』のあとがきに「一茶から教えられて、自分なりに輪郭を掴むことのできた〈情(ふたりどころ)〉の世界を、完全に自分のものにしようと努めてもきた。そのせいか、〈心(ひとりどころ)〉を突っぱって生きてきた私は、〈情〉へのおもいをふかめることによって、なんともいえぬこころのひろがりが感じられはじめているのである」とある。
 他の兜太の言葉を引用すれば、『「心」の意味は「ひとりこころ」と、私は勝手に受け取っています。つまり、自分だけを見つめ、自分を詰めて、自分に向かっていくこころです。そして「情」の意味は「ふたりごころ」と私は受け取ります。相手に向かって開いていくこころです。どちらも「こころ」と読みながら、日本人は「心」という字を「ひとりごころ」と受けとり、「情」という字を「ふたりごころ」と受けとっていたと私は理解しています』となる。この「相手に向かって開いてゆく」ことは、芭蕉の「情」の精神に通じるという。「情」は人や自然との対話である。
 アニミズムには小林一茶の影響もあるが、〈人間に狐ぶつかる春の谷〉(『詩経国風』より)などをみると、たとえ想像のなかであれ、兜太と動物の交流を垣間見る思いだ。
 秩父地方は林業が盛んだが、この地方には猪、鹿をはじめ野生動物が多く生息し、まだまだ自然が多く残っている。兜太のアニミズムもこの環境から育ったものだろう。


  俳誌『鴎座』2017年9月号より転載
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