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金子兜太の一句鑑賞(6)  髙橋透水

2017年01月09日 | 俳句・短歌・評論・俳句誌・俳句の歴史
 白い人影はるばる田をゆく消えぬために  兜太

 少し抽象的であるが、詩情性豊かな句である。まさに兜太ワールドある。自解によれば「金沢市に住んでいた沢木欣一が俳誌『風』を出し、妻のみな子が賞を受けたので、二人で出掛けた。その車窓で見受けた景から発想したもの」とあり、続いて「一面の青田を、白いシャツの初老の人が歩いてゆく。ときどき田を覗くようにしながらどこまでも歩いてゆく。青田に紛れて消えてしまうように感じたとき、『消えぬために』の一と言が出てきて、得意だったのである。『いのち死なず』の思いが、この頃から芽生えていたのかもしれない。寂寥感を伴いつつ」と述べている。
 初老の「白い人影」は風に吹かれ青々しくなった稲の生長具合や水回りなど観察しながら、畦道を歩いてゆく。車窓からの遠景としては単純な歩みのようにみえるが、真剣な足取りに違いない。畦から見回る人影は、延々と消えそうになるまで歩みをとめない。白い服さえ青田に同化しそうになる。それを車窓から眺めていた兜太は、「消えてほしくない」と思わず心のなかで叫んだのだろう。
 汽車は無感情にどんどん進んでゆきやがて農夫は視界から消えるのだから、この「消えぬために」は「このままずっと生きていて欲しい」という兜太の願望であったのか。
 兜太には「白」の付いた句が意外と多い。〈人体冷えて東北白い花盛り〉は有名だが、〈一汽関車吐き噴く白煙にくるまる冬〉〈白服にてゆるく橋越す思春期らし〉〈白餅の裸の老母手を挙げる〉〈わが紙白し遠く陽当る荷役あり〉などなど紹介しきれない。
 しかし兜太の俳句は白だけでなく、「青鮫」「赤い犀」「赤錆び」「黒い桜」「赤光」さらに、「青空」「青濁」「蒼い」「緑」など多彩である。これらのなかで、〈梅咲いて庭中に青鮫が来ている〉など「青鮫」を詠った句が目をひく。それらの色彩の個々から俳句観を見いだすのは難しいが、兜太の造型論と関連させて、何等かの暗示や象徴を読者それぞれが汲み取り、感受すばよいのだろう。


  俳誌『鴎座』2017年1月号より転載
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