青春18きっぷに三つ目の入鋏印を受けたら、高崎線の始発821Mに飛び乗る。まだ少し眠たい。
目的地はえちごトキめき鉄道の高田、満開を迎えた高田城址公園の4,000本の桜を観たい。
在来線で高田まで行くのは、かつては高崎線から信越本線に入って碓氷峠を登り、長野を経由した。
旧くは「妙高」とか「白山」って急行に乗ったはずだ。今では分断されたこのルートの代わりに、
高崎線から上越線に入って長岡から信越本線を逆走するしかない。(途中、ほくほく線でショートカットも)
昨年の桜の頃は、魚沼の田圃には厚く雪が残っていた気がするが、今年はもう代掻きができそうだ。
それでも越後三山(八海山・越後駒ヶ岳・中ノ岳)は残雪をたっぷり抱いて、越後路の旅情を掻き立てる。
ボクはと言えば、越後湯沢で求めた “風味爽快ニシテ” を飲みながら、この山々を飽かず眺めるのだ。
11:04、高田駅に上り下りの電車が停まると、普段から比べると信じられない位の乗客を吐き出す。
降車客は一人の例外もなく?、ソメイヨシノで着飾った駅舎を背に、高田城址公園に向かって列をつくる。
高田城址公園へ向かう途中で青田川を渡る。ボクが寧ろ推奨したい桜の情景がここだ。
かつて武家屋敷が並んだという閑静な住宅地、水面を覆うかのように桜枝を伸ばすソメイヨシノが美しい。
外濠を巡るようにどこまでもソメイヨシノの並木が続く。約4,000本の桜が爛漫に咲き誇っているのだ。
高田城は家康の六男、松平忠輝(越後少将)公の居城として天下普請によって造られた。
忠輝公は七十五万石の大封であったが、その改易後は徐々に小藩になっていく。
越後少将家が続いていたらこの町はまた別の発展があったかも知れないが、歴史にタラレバはあまり意味が無い。
話は逸れたが、高田城址公園は約3,000のぼんぼりに照らされる夜桜が美しい。
弘前公園、上野恩賜公園とともに日本三大夜桜といわれ、内濠に映る桜と三重櫓の姿はいい絵になるね。
呑み人のお奨めは真っ白な妙高山(2,454m)を背景にした外濠の桜たち。これってとびきり美しいと思うのだ。
さてこの情景を焼き付けたら駅への道を急ぎ戻る。片道5時間半、滞在1時間半、過酷な青春18きっぷの旅だ。
<40年前に街で流れたJ-POP>
君に、胸キュン。/ YMO 1983