今日はPTNAピアノコンペティションの特級セミファイナルを聴いてきました。毎年夏にPTNA(ピアノ指導者協会)がピアノコンクールを開催するのですが、その中でも特級はプロを目指されている精鋭たちが受ける級。そして特級セミファイナルと言えば精鋭ばかりが参加するシビアな予選から選ばれた精鋭の中の精鋭のソロ演奏。ぜひ聴きに行きたいと思っていたところ、ついにそのチャンスがやってきました。こうなったら聴き逃すわけには行きません。朝からいそいそとすっかりお祭り気分で出かけました。しかしいきなり会場と違う方向に向かい方向転換するというドジをやっちゃいました。一昨年と昨年、違う級を聴きに行った時は全然間違えなかったのになんということでしょう。幸い家を早めに出たので間に合いましたがひやりとしました。
出演者の方たちは高校生から大学院生で音楽を専門とされている方たち7名。今日の演奏の課題は
(1)45分以上55分以内のプログラム。下記の(2)(3)を必ず含むこと。 (2)以外の第一次、第二次予選との重複は認めない。
(2)ハイドン、W.Aモーツァルト、ベートーヴェンのソナタから、1つ以上の楽章(繰り返しは任意・第一次予選との重複は可)
(3)邦人新曲課題:指定の2曲より1曲(この課題に限り試奏可)。飯嶋絢子「水」/篠崎めぐみ「Rolling」
という、重厚そのもののプログラム。しかも曲順も当日に発表されるというスリル満点の状態。これから世に出ようとしている (とはいえ、全員がすでにプロ活動らしきこともされていますが)若い方たちが音楽に向き合ってきた成果を最大限に発揮する貴重な場でありました。
さすがセミファイナルに出演される方たち、どの方も厳しい研鑽を積み重ねてこられ、音楽にまっすぐに向き合ってきたのが伝わってくる演奏をされていました。全員の演奏にきらりと光って夢のように美しい箇所がありました。ひょっとしたら本人もその箇所が大好きで特に表現したいところだったのではないだろうか、と想像しました。それぞれ得意分野があったようにも見受けられ、得意分野の曲では楽譜もしっかり読み込み曲の魅力を出し切っている、と感じました。
それからこれは私が感じたことなのですが、技巧的にものすごい演奏というよりも、曲を丹念に研究していて曲の魅力を出そうとしていると感じられる演奏が多かったような気がしました。私の耳があてになるとはいえないのですが、ミスのなかった方はいなかったような気がします。しかしミスをしない、ということよりもはるかに大切なこと、曲の輪郭をしっかりとらえ音楽となるように流れを大切にした演奏にたくさん出会えました。緊張してもしすぎることがないようなステージで、さらに自分の限界に果敢に挑んでいるように感じられる演奏もあってなんともいえない気持ちになりました。
邦人新曲課題、というのはコンクールのために日本人の作曲家が作った曲の課題であり、このセミファイナルが初演奏でした。「水」は滴とまわりの細やかな動きを描写した響きの美しい曲、「Rolling」は動きそのものを中心にとらえ躍動感にあふれたエネルギッシュな曲でした。邦人の現代曲と言えば分りにくいかもしれない、という心配もあったのですが全くそのように感じられなかったのがうれしかったです。楽譜も見てみたくなりました。印象的だったのは、同じ曲でも演奏者によってかなり違っていたこと。重点を置いていたところに個性が表れていたように思えました。
また作曲家ですが、(2)の作曲家の他に、スカルラッティを2名、シューマンを3名、ショパンを2名、リストを3名、ドビュッシーを1名、ラヴェルを1名、ラフマニノフを1名、スクリャービンを2名が弾いていました。チェンバロでも弾かれるスカルラッティ、ピア二ストにも人気がありました。当時とは違う楽器で曲の最大限の魅力を引き出すのは難解なことだと思うのですが、特にゆったりした曲から魅力を丁寧に紡ぎだしているのが感じられ素敵に感じました。(どちらかといえばピアノで弾きやすい曲と弾きにくい曲とがあるかもしれないな、とも個人的には感じましたが)ショパンは誰もが知っているうえに、演奏も難しいと思うのですが、演奏された二人は曲を丁寧に研究してショパンの歌が感じられる演奏をしていました。シューマンは謝肉祭を全曲演奏された方がいらっしゃいました。
今日演奏されたドビュッシーの前奏曲第2巻からの抜粋ととスクリャービンのソナタ2曲は、和声が新しい感じであったためか、今までほとんど身近に感じられなかった曲だったのですが、曲の背景にあるものも含め気になり始めました。
もちろん(2)の古典派の作曲家の曲の演奏も素敵でした。個人的に好きだったのは、立体感があって曲の構成をちゃんととらえている演奏でした。
目指そうとしても絶対に届くことのない方たちの演奏だったのですが、それでも、演奏を聴くことによって、私はこのような演奏が好きなんだ、とか、近づきたい、という方向が、見えてきました。だれの何の演奏だったかは秘密なのですが。そして演奏とともに曲も。新たな発見が数知れず。
そして音楽というものはきりがないものだ、ということも感じました。たとえば曲の内部。2音からでもそう。ある音から次の音へと移行するためにどのようなことをするか、といえば選択肢は無限にあります。その上フレーズ、和声、小節、構成など、無限なものが集積された結果段階に分かれていて大きくとらえる必要もあります。そして曲の周辺、たとえばこの曲が作られたときの作曲家の状況や時代背景、他の曲からの借用部分や類似部分等、知っておいた方がいいことがたくさんあり、きりがないといえばきりがない。そして自分が望む音楽のイメージを明確にしたら、そのような音楽をつくるためのテクニックも。すべて完璧にやろうとしたら大変なのでポイントを絞る必要があるものの、きりがないということには変わりないと感じました。今日出演された方たちの演奏からもそのようなことを感じました。
まったく図々しいのにもほどがあるのですが、今日は自分の本番みたいに緊張しました。出演者の方たちは自分と闘っていたのだと思います。どんなに笑顔で楽しそうに弾いていたとしても、です。そしてそんな出演者たちの気を私も受け取っていたのかもしれないと思いました。結果はどうであれ、今日の出演者の方たち全員にありがとう、お疲れ様、とお伝えしたい気持ちです。(ちなみに火曜日には今日の結果選ばれた方たちによるコンチェルト演奏の決勝が行われる予定です。)
それにしても、こんなに続けて長時間ピアノの生演奏を聴いたのは初めてでした。出演者の方たちから頂いた大きなエネルギーを糧に取り組んでいきたいです。