加藤昌則氏の音楽入門講座、先日は最終回の第5回目だった。参考) 第2回目モーツァルト、第4回目シューベルトとシューマン ユーモアを交えながら音楽の楽しさをわかりやすく解説してこられてきた加藤先生の講座も本年度は今回が最後、期待に胸を膨らませながら会場に向かった。
今回は「コンサート鑑賞術」というテーマで、前半はクラシック音楽を楽しむきっかけとなるお話、そして後半はヴァイオリン奏者、チェロ奏者の方たちとともに生演奏を披露された。
前半はクラシック音楽を楽しむうえできっかけとなるお話。次から次へと楽しいお話が出てきた。
バロック音楽といえば最初に連想されがちな作曲家はバッハだが、当然ながらバッハだけがバロック音楽ではない。そして、バロック音楽のバロックというのは、当時はゆがんだ真珠という意味の悪口だった。宗教的なテーマが多く整然としたルネサンス音楽(とはいえ、本当は、ルネサンス時代にも世俗的でのびやかな音楽がしっかりとあった。表にはあまり出てきていないのだけど)に対して、世俗的で雑然とした印象のバロック音楽はまるでなんじゃらほいという状態だった。バロック時代の音楽は、人間の生活や気持ちに寄り添った親しみやすい音楽になっており、オペラも誕生するなど、エンターテイメントも重視するようになった、と。そしてル・ポエム・アルモニークによる、リュリの演奏を例に出されていた。こちらの動画は参考までに。
演奏形態の違いも演奏会を楽しむきっかけになる。同じ曲でも奏者によって、そして同じ奏者でも伴奏ありのデュオその他か、無伴奏かによって、受ける印象が異なる。演奏家独自の音楽世界を堪能するための一例として無伴奏の演奏を挙げられ、色々な奏者の無伴奏を聴いてみると楽しいと言われた。しかし私は、一例として聴かせていただいたイッサーリスによる、バッハ作曲無伴奏チェロ組曲第1番の演奏の、ガット弦のしぶくてしびれる演奏がすっかり気に入ってしまった。もっと彼のチェロの演奏を聴かねばという気持ちになっている。
一気に時代は下り20世紀の音楽も紹介された。20世紀の音楽といえば親しみにくい印象も持たれがちだが、このような20世紀の音楽もあるという例として、メシアン作曲「おお、聖なる饗宴(O sacrum convivium)」という合唱曲を挙げられた。20世紀ならではの新しい響きを持ち、そして7拍子、9拍子と独自な拍子である上に曲の中でも拍子が変っているという。しかしそれ以上に、何とも美しく心洗われる音楽で。。。
おお、聖なる饗宴、鍵盤楽器による演奏もあるみたいなので、後日別に採り上げてみよう。
演奏しない無音の音楽といえば、ジョン・ケージ作曲の4分33秒が有名だが、ケージの前にも、無音音楽が存在した。チェコの作曲家シュルホフ作曲の休符のみの音楽で、楽譜には休符ばかりが書かれている。演奏動画例。
映画ウエストサイドストーリーのクールといえば、切れの良いダンスとこれから争いが始まるという緊迫感に満ちた音楽に目も耳も釘付けになる。ジャンルはクラシックというよりもむしろジャズかもしれないが、同じ旋律が絡み合っているという面で、クラシックの作曲技法をふんだんに使っているそうだ。その話を聴き、目からうろこが落ちそうになった。作曲家はバーンスタイン。
ほかにもドヴォルザーク作曲の交響曲第9番、新世界の動画に登場するドヴォルザークに似た奏者や、一度しか登場しないシンバルの存在など、興味惹かれる話が次々と登場し、前半のお話だけでも盛りだくさんの内容で堪能できた。
しかし、後半の演奏会が輪をかけて見事だった!ヴァイオリンは新井紗央理氏、チェロは井上貴信氏、そしてピアノは加藤昌則氏。
プログラム、はじめはベートーヴェン作曲のピアノ三重奏曲第二番第四楽章。耳が聴こえなくなり、深刻さを感じる曲が増える前の、明るくチャーミングなベートーヴェン像を感じさせる曲として演奏された。お話の通り、生き生きとしたアレグロで、明るく生命感を感じる音楽だったが、その後のベートーヴェンにもつながっていそうな旋律も垣間見えた。
次はビゼー作曲加藤昌則編曲、アルルの女第2組曲よりファランドール。ビゼーは才能を世に認められる前に早世してしまい、生きている間は恵まれなかった作曲家としてあげられる。そしてこのファランドール、華やかな印象を持つ曲だが、第1テーマと第2テーマとが、コーダでは見事に絡み合うという、当時としては初めてで、画期的な試みがなされていた。加藤氏の編曲によってコーダでの2つの旋律の絡み合いが明確に実感できるようになっていたように思う。
第1テーマ
第2テーマ
リムスキー=コルサコフ作曲加藤昌則編曲、熊蜂の飛行、原曲は管弦楽で、ピアノ独奏に編曲されてきた曲だが、ここでは、トリオへと編曲されたとともに、主人公も熊蜂だと思い込んでいる蠅となり、芝居入り、演出入りの愉快な内容になっていた。ヴァイオリンとチェロは、弦をこすることで音を出す擦弦楽器、こすったからこそ出る独自の響きから蠅の羽音を連想するものになっていて、面白かった。それにしてもお三方、ユーモアあふれる演技とともに演奏も素晴らしくて溜息がでそうになった。
プログラム最後はブラームス作曲ハンガリー舞曲第5番。この曲集はブラームスが集めたハンガリーのジプシー(ロマともいわれる)音楽に基づいてできたものであり、純粋にブラームスの作曲ではなかった。そして、その原曲の由来に基づいたジプシー音楽らしさを重視した、すすり泣くような音、ひっかくような音などが印象的で、情熱的な演奏になっていた。ジプシー音楽がクラシック音楽に与えた影響は大きく深いところでつながっているのが実感できた。
アンコールはパッヘルベルのカノン、カッチーニ(ヴァヴィロフ)のアヴェ・マリア、こちらもくすりとするような笑いが入っていたが、心地よい余韻に浸ることができた。
曲の歴史や構造を重視した広く深い視野からの、ユーモア溢れたお話と、素晴らしい音楽に、夢中になったひととき。非常に勉強になったし、何よりも楽しめた。年間通して複数回開催された講座、聴きに行けて本当によかった。
来年度も講座を開催していただけたら嬉しい。