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「洞窟の女王」H・R・ハガード 創元推理文庫
懐かしい一冊! 中学生の時に最初に読み、二十代の頃、再読したのだが、このたび二十年ぶりくらいに読み返した。
門の横にある書庫から探してきたのだが、ガラス棚に入っていたせいか、積み重なる年月にもカバーはほとんど傷んでいない。
この小説は、1886年に書かれたというのだから、今から130年も前の作品。だが、少しも色あせていないどころか、ここに描かれたアフリカの奥地、コールの洞窟、そこに不朽の恋のため二千年の命を長らえる絶世の美女、アイシャの姿が壮大なスケールで浮かび上がってくる。
人一倍醜く、そのため人を遠ざけて生きてきた学者ホリー。彼はケンブリッジの地で研究にいそしんでいたのだが、旧友の息子レオ・ヴィンシィの後見人となる。
輝くばかりの美青年であるレオは、その実、数千年にわたる古い家系の出身であり、彼が受け継いだ箱の中には、驚くべき秘密が。それによると、アフリカの奥地には、不思議な女王がいる。レオの遠い祖先である、ギリシア人の神官カリクラテスは、古代エジプトの王女と禁断の恋に落ちたため、アフリカの果てに落ちのびる。そこで出会った、洞窟の女王=アイシャは、若く美しいカリクラテスに恋をし、彼を手に入れようとする。だが、カリクラテスは女王の求愛を拒んだため、殺されたのだ、と。
ホリーとレオの二人組は、アイシャという女性を見出すため、アフリカに冒険の旅に出るのだが、その未知の大陸、人外境を描く、ハガードの超人的な想像力をなんといっていいのか――コールという有史以前の謎の文明の魅力、洞窟の中に置かれた生きているとしか思えないコールの人々のミイラ(数千年以上も前の遺体が、眠っているとしか見えないのだ!)、巨大な遺跡――眼前に、神秘の王国がまざまざと浮かぶほど。 これほどの筆力を持った、幻想作家もいないのでは?
信じられないほど美しく、悪の魅力を併せ持つアイシャ。彼女は、レオを見たとたん、いにしえの恋人カリクラテスに生き写しであり、レオが彼の生まれ変わりであると確信する。レオと相思相愛になっていた、現地の娘アステーンを殺しながらも、レオの愛を手にしたアイシャ――だが、悲劇的な結末が待っていた。彼女は、時の復讐を受けるのである。
レオのために、永遠の若さを保つ炎に飛びこんだ挙句、あっという間に年老い、醜い猿のような姿になって死んでしまう。
何より、アイシャという女性の存在感が圧倒的なのである。古代文明が死に絶えた後の洞窟に、はるか昔に別れた恋人を待ちながら、長い生命を保ち続けている女。およそ、現実離れした存在でありながら、人跡未踏の奥地に、アイシャが待っているような気すらしてしまう。
P.S
130年も前の英国で書かれた物語。作者のハガードは弁護士の顔も持つ、謹厳なヴィクトリア朝の紳士だったという。そんな人物の内に、こんな圧倒的な物語世界が潜んでいたなんて。でも、天才とはそういうものかもしれない。
私の目には、19世紀も終わりの、ある夜、しじまの中で、「洞窟の女王」を書くべくペンを走らせている作家の姿が見えるような気がする。
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