総義歯治療の正統とされるものは、大学病院等で行われている方法、理論でしょう。
それは伝統的に、研究用模型を型取りし、それを元に個人トレーを硬くなるプラスチックで作製し、それを熱掛けると柔らかくなる粘土状のもので筋形成をして、その状態で精密な型を取る、と言うものです。
この伝統的方法の問題点は、研究用模型がかなりキチンと型取り出来ないといけませんし、それを相当に正確に読めないといけません。
そうでないと、必ず大きな個人トレーが出来上がり、それを無理やり筋形成することで封鎖することができて、吸着してくれる、と誤解してしまうことにあります。
簡単に言うと、術者の力量で相当に形態の差が生じる、と言うことなんです。
触診が上手に出来て、大き過ぎない個人トレーを作製でき、その患者さんが咀嚼する状況に近い顎の状態を把握して筋形成出来るなら、かなり問題は解決出来るのですが、これがかなり難しい。
何故なら、チャンとした総義歯を装着したことがない患者さんは、良い位置関係の顎の位置の保持と言うものが分からないからです。
そして、筋形成して精密な印象を採得出来たとしても、それで顎の噛む位置関係を正確に決められないとチャンとした吸着は出ないし、却って窮屈な状態で出来上がった入歯が間違った位置で噛むこととなり患者さんは痛くて噛めない義歯になる、と言う結果になるんです。
伝統的大学病院で教えられている方法は、非常に修得が難しく、生理学的な咀嚼等の機能が営まれている状態を写し取るのが難しい、と言う結論になるのです。
現に私自身、総義歯治療で伝統的治療方法を用いたことは唯の1回もありません。
私は機能印象、矢崎正方先生が考案された咬座印象を応用した方法、最初の頃はT-condを用いた方法に精通して行っていました。
しかし、やがてT-condの方法の問題点が目に付くようになり、染谷先生、シュライヒ先生、高輪会の横山先生との出会い、教えから自分自身の深めて行くことが出来て、現在に到達しました。
その最大の着眼点は、患者さん自身が装着していて気持ちの良い、快適な総義歯を目指す、と言うものです。
言い換えるなら、吸着して外せない入歯なんてさしたる意味がない、機能時に動かない、外れない、でも洗いたい時に簡単に外せて入れているのが楽な入歯を目指す、と言うものです。
生意気な言い方するなら、矢崎先生が目指された総義歯の形態の究極を見付けた、と言うことです。
咬座印象理論は、機能している顎の位置での粘膜の形態を取って来ること、にあります。
矢崎先生ご自身、海外留学までされ伝統的方法を取得された先生ですが、帰国後問題点に気が付き、世界初で独特の方法を編み出された、それが咬座印象です。
先生の先見性の凄さは、現在世界の総義歯治療方法が咬座印象法の応用方法に変わって来ていることからも証明されています。
リヒテンシュタインのシュライヒ先生は、矢崎理論を知っているのか知らないのか私も知りませんが、独特の方法論で正しく矢崎理論を体現する治療方法を編み出されました。
シュライヒ先生は生涯で5000症例以上の総義歯治療を彼の理論で治して来て、自身の正しさを証明されています。
洋の東西、時間差を持ちながら、不思議な位矢崎先生の総義歯とシュライヒ先生の総義歯の形態は似ているのです。
古今東西の、総義歯治療の最高の神とも呼べる両雄が到達している形態です。
だからこそ、私も究極の形態、と信じています。
残念ながら、私自身は矢崎正方先生がご存命の時には全く出会える可能性のない生まれでしたが、師匠が偶然弟子筋でしたし、幸いなことにシュライヒ先生の最後の来日セミナーには間に合い受講出来ましたので、その真髄を目の前で見せていただけました。
シュライヒ先生の奇跡の腕は、デモ患者さんが治療直後に普通に昼食を食しておられた、と言う驚くような成果を上げられるものでした。
実は、私自身が触診させていただく機会を得て、患者さんから先生はお若いのに手付きが凄い、セミナーして下さっているシュライヒ先生とそっくりだった、と褒められた、とエピソードを書いているのはこの時にもあったことです。
患者さんは触り方、触診一つで腕を見抜く、デモンストレーションでシュライヒ先生が触った感触と受講生一人一人の触っている感じを分かっている、と改めて感じたものです。
シュライヒ先生の示された独特の形態、それは矢崎理論と同じものであり、私自身ビックリさせられました。
もっとビックリした事は、世の中は広い天才と呼べる人、総義歯界の宮本武蔵、師匠なしで最高の技量まで上り詰める方がいたことです。
それが高輪会の副理事長横山先生で、私よりも3歳年下ですが、彼は特老の往診治療で経験を積み重ね咬座印象の奥義を極められているのです。
この方は真の天才でしょう。
師匠なしであそこまでの腕を極められた方ですから。
長くなりますので、結論から言うと、機能的に安定している上下顎の位置関係で、その状態の正確な印象を取って来ること、それが究極の治療方法であることは間違いがない、と言うことです。
もう一度繰り返します。
患者さんが、気持ち良く噛める、立体的機能的顎の位置関係、の精密な型を取ってくること。
これが最大の要諦です。
それを追及して行くと、矢崎、シュライヒ、横山3人の先生見出した形態に必ず到るのです。
私は天才ではなく努力の人です。
なので、3先生との出会い、教えがあったからこの形態を見付けることに到り、世界の総義歯治療がこちらに来ている、と聞いてそうだろうな、と感じているのです。
その時代の本流、正統とされる方法から離れた治療方法は、常に異端児であり、私の性格のせいでもあって反省すべきなのですが、周囲からは少なからず反発されてしまっていました。
そんな方法で治せる訳がない、邪道だ、我流だ、自分よりも随分若い先生からすら批判されることもかなりありました。
しかし、成果を比較してしまうと、私の成績の方が良いのです。
私のアドバイスを素直に聞き、取り入れて下さった先生方は、必ず効果がありました、ワンステージ上に行けました、と喜んで下さいます。
素直に聞いて下さらない方は、相変わらず苦しまれているようです。
人の成長は素直な心、受け止める姿勢にある、と感じて仕方が無いです。
ですから私自身は、色々な所に必ず学びに行き、そこで真洗な気持ちで学ぼう、と決めています。
中には、明らかに違うな、と思う話をされる先生もいます。
私が確実に正しい、まだ分かっていないな、と思わされる方もいます。
それでも、何かしら私とは違う考えのある方なので、得る点があると思って聞いています。
目に余る時には、質問して気が付いていただけるように誘導したりしますが。
今は情報が有り過ぎて、正しいものが埋もれ易く、歯科医も患者さんも右往左往しています。
顕著な例がインプラントですが、今回は総義歯なのでそちらには言及しません。
色々な方向から見て、切り口を変えて学んで、それで到達する、それが遠回りに見えて意外に効率的な方法かも知れません。
総義歯に関しては、3先生の切り口が私の生涯の財産です。
一つ位で到達した、と思っては甘い。
全てを捨ててでも、一から学び直す。
そこがコツと言えば言えるでしょう。
最後にもう一度。
患者さんが、丁度良いと思える上下の顎の位置関係で、口の中の粘膜の状態を完全に写し取ること、それが最も大切です。
それには咬座印象を極めるしかないのです。
私は、その道を30代で極め、51歳の現在まで臨床を重ねてその正しさを強く実感しています。
だからこそ、それを正しく広める為に頑張っているのです。
それが、私が総義歯治療に翔ける夢、です。