大森インプラントクリニック松元教貢歯科医院腫れ痛みなく早く、骨不足でも骨ができて直ぐに歯が入る幸せのブログ

松元教貢歯科医院は骨が不足で骨造りしても腫れ痛みのとても少なく早く治せる方法をしてる即時荷重インプラントパイオニアです。

12月30日(日)のつぶやき

2018年12月31日 | Weblog

12月29日(土)のつぶやき

2018年12月30日 | Weblog

上顎大臼歯で抜歯即時荷重インプラント18年前の2000年からできる、と言い続けて来たのは私だけでした。

2018年12月29日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話



2018年も終わろうとしています。

即時荷重インプラント治療も、今では直ぐに歯が入るインプラントとして、かなり宣伝されるようになって来ました。

しかし、私が手掛けだした2000年当時では、即時荷重インプラント治療は、完全に否定されていました。

ましてや、上顎大臼歯部で即時荷重インプラント治療できる、と口にしようものなら、何言ってんだ、と言う扱いでした。

今日のレントゲン写真のインプラント手術は、最近のものです。

手術後8週間くらい過ぎ、ペリオテスト値+2になりましたので、安心してお正月を迎えられます。

お顔の状態は、手術翌日で腫れも痛みも出ていません。

2000年から創意工夫し続けて、今ではここまでできるようになるました。

生意気ですが、多分世界最先端で且つ最難易度の抜歯即時荷重インプラント手術です。

昔は勿論のこと、今でもこのような手術はかなりハイレベルな腕を持った専門家にしかできないものです。

現在でも、似たようなことをできる専門家はまずいない、と言えます。

お陰で、昔から私のインプラント治療は認められず、大変苦労しました。

上顎大臼歯部でそんなことができる筈がない、と信じてもらえなかったんです。

何故なら、上顎大臼歯部の骨は、他の部位の骨に比べてスカスカなことが多く、即時荷重インプラントできるほどのしっかりとした強い植立をさせられない、とされていたからです。

なので、私が信じられないのも無理はなかったのです。

スカスカな骨質をどう対処してインプラントをしっかり植立するのか?させられるのか?が、皆さん解決できなかった訳です。

私はそれを独自の創意工夫で解決しました。

種明かしをすると、今は皆が知っているアダプテーションテクニックを自分で編み出して、更なる改良をしたのです。

そうすることで、植立トルク値35Nを超えるしっかりとした植立が上顎大臼歯部でもできるようになりました。

だから、即時荷重インプラントを世界的にも不可能と言われた上顎大臼歯部でもできるようになったのです。

残念ですが100%ではありません。

それでも、常に即時荷重インプラントできるほどの強いしっかりとした植立を得られるように毎回チャレンジしています。

実は、今日のレントゲン写真の患者さんでも、即時荷重インプラントできるか否かは、私でも予測が難しかったです。

そして、必死で頑張ってやってみたらできた、と言うのが正直な所です。

でも、ここまでできると言う未来の可能性を示す実例として紹介しています。

即時荷重インプラント治療は、直ぐに歯が入るインプラント治療として、患者さんへの貢献度が非常に高いモノです。

しかし、今なお否定的意見の方が強いです。

即時荷重インプラント治療を手掛けている専門家の中でも、私のインプラント治療には懐疑的な方が殆どでしょう。

それは仕方がないことです。

何故なら、私のできることが、彼らにはまだできませんから。

残念ですが、自分のできることしか信じない、自分の実力を超える存在は認めたくない、と言うのは専門家としての矜持でもあるのかも知れません。

再び生意気ですが、世界の学会まで出かけても、私と同等の抜歯即時荷重インプラント治療の症例は見たことがありません。

海外の人達は、自分ができることをアピールしまくりますし、するのが上手ですが、それでも見ません。

ですから、できてないのだと思います。

多分、私の予測ですが、彼らは私みたいに1回の手術で治し切る、と言うのは、お金にならないのでしたくないし、しないとだ、と感じています。

彼らのやり方では、抜歯して顎堤温存の処置までして、治癒してからサイナスリフトして骨造成GBRして、それからインプラントして、歯茎移植して、セラミックが入る、と言う感じでしょう。

そうすれば、その度にお金を払ってもらうことができますから。

ゆっくりしっかり治すことで、その治療の価値観を高めさせ、費用を認めさせる、のが彼等のやり方です。

自分の仕事の価値観高める、と言う意味では凄い、と思います。

でも、私は患者さんが楽だと感じるやり方を好みます。

だから、1回限りの手術で治せることを目指します。

来年も、更なる創意工夫を重ね、誰も真似のできない仕事をして、可能性を広げること、に邁進して参ります。

私にしかできない仕事、しない仕事を、命ある限り追求し続けます!

来年も宜しくお願いします。


PS:専門家の方へ、くれぐれも私の真似はなさらないように、お願いします。患者さんを助けたい、と、思われるなら、ご紹介いただけますよう、宜しくお願いします。









12月28日(金)のつぶやき

2018年12月29日 | Weblog

12月27日(木)のつぶやき

2018年12月28日 | Weblog

大きな手術できることを自慢するような外科医になりたくない私

2018年12月27日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話

私は怖がりです。

できることなら、大きな手術をされたりするのは嫌です。

小学校2年生の時の経験から、尚更思うようになっている、と思います。


実は、私は斜頸で産まれました。

左に傾いた頭の状態で産まれたのです。

左の首の付け根に腱の引き連れがあり、それで真っ直ぐな頭の状態ではなかったのです。

そのまま成長すると、左に傾いて行って、引き連れのようになってしまう、と予測されました。

予測したのは父です。


父は、名高い名整形外科医です。

その息子が、よりにもよって斜頸で産まれたのです。


そして、父は私の斜頸を治すことを誓っていたのでしょう。

成長と手術時期のタイミングを完全に見切り、しかも自分が執刀医になり、手術を行いました。


どうやら普通は、自分の子供を自分が切る、と言うのはやり難いものらしく、信頼置ける先生にお願いするものらしいのですが、父は自分が切ると決めていたようです。


そして、何と局所麻酔だけ、で手術したのです。


これも、首の付け根と言う部位で、子供であることから、全身麻酔で眠らせて行うことが普通、のようでしたが、父は局所麻酔だけでやりました。


局所麻酔ですから、当然意識はあります。


手術されてるのが自分で分かるんです。


これ、なかなか怖いですよね。


でも、不思議と私は手術自体には、それ程怖さを感じませんでした。


これは大変なことになっている、と思ったのは、手術後のことです。


上半身全部ギブス、でガチガチに固められてしまったのです。


動けません。


手術後の固定のため、後戻り予防のため、で仕方がないことだったのですが、これが本当に大変な辛さでした。

余りの辛さに、ベッドで泣いて泣いて、父にはかなり叱られました。

その時に、母、祖母が、慰めてくれました。

傷の痛みは、さすが父の手術なので、それほどではなかったのですが、ギブスが辛い。


固定のためなので、3ヶ月?くらいしてたかも知れません。


勿論、その姿で退院後には、学校に通いました。


そしたら、友達からノリくんみたいなのが欲しいと言われた、なんてこともありました。

ロボットみたいに見えて、なんか格好良く見えたらしいです。

されてる私は、そんなことは微塵も思わないのちです。


そして、ギブスの外す時の怖さったら、ありませんでした。

電動ノコギリで、ガーっと切って行くんですから。

オシッコちびりそうなくらい怖かったのを、とても良く覚えています。


でも、ギブスが取れた時の開放感。

本当にとても嬉しかった。

もう2度とこんな目には会いたくない、と思いました。


こんな幼い時の経験が、私の中のトラウマとして残っています。


だから、私は手術はするのも、されるのも実は苦手ですし、好きにはなれません。

でも、今はインプラント、歯周再生、親知らずの抜歯等、手術が自分の仕事の大きな部分を占めています。


そして、有り難いことに、私の手術は腫れない痛くない、辛くないとお褒めいただけることが多いです。


それもこれも、今日書いたような経験が根底にある、と思います。


嫌な手術だから、できるだけ楽に。

それが、私のモットーなんです。


今日のレントゲン写真の方も、殆ど切り開いたりしてません。

ほんの少しの切れ込みだけで、全ての手術をしています。

患者さんに痛がられたくない、腫らしたくない、辛いといわれたくないから、です。

普通なら、歯茎切って、骨から剥がして、骨面を直視して、そこから穴開けるようにして手術するのでしょう。

でも、私はしません。

そんな痛くなりそうなやり方は、したくありません。

小さな切れ込みだけでするのは、直視するのが難しいので、時間はかかります。

歯茎もそのままありますから、中を覗き込んで繊細に手術しなければなりません。


正直、なかなか大変な手術です。


でも、その結果、腫れないし痛まないし、手術が楽だ、とお褒めいただけるのです。

そして、なによりも傷が小さいからでしょう、治し方も早いのです。

なら、私のやり方がベストだと、私は明言します。


医者がやり易くても、患者さんが辛いのは、私は嫌です。

医者が難しくても、患者さんが楽だ、を取ります。

これは、私の患者さんへのお約束です。

私はこれ以上小さくできません、という手術をする。

それを追求し続けます!


12月26日(水)のつぶやき

2018年12月27日 | Weblog

死に仕度の前に、老い仕度を考えて下さい。

2018年12月26日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話

義歯で痛い、と言うのは辛いモノです。

食べる時に、義歯を気にしながら食べる辛さは、粘膜に負担をさせると言う義歯の宿命から来るものです。

 

粘膜全体に均等に負担され、痛みなく噛み締められる、と言う状態を作り出すのはかなり至難の技なんです。

これは、私が手掛けさせていただいた総義歯の状態です。

 

生意気ですが、かなりしっかりと均等に粘膜に負担させられている状態が客観的に分かるものです。

 

実を言うと、ここまでの緊密な均等性を実現出来なくても、義歯はそれなりに均等に負担され噛める状態にできるものです。

 

なので、巷ではそれなりの状態で、患者さんが噛める、と言うことでしたらOK、で済んでいるんです。

 

ところが、ここに忘れられている問題があります。

 

それは、齢を取る、と言うことです。

 

加齢現象、です。

 

年老いる、と言う問題が、患者さんが考えている通りになるかと言うと、そうでもない、と言うのが現実なんです。

 

実際に、日々の臨床で患者さんから、まさかこうなるとは思わなかった、と台詞を聴かされることが本当に増えてるんです。

 

そして、直ぐに死ぬから良い、と言ってた方が、食事が満足に取れなくなって、何とかしてくれ、と大きな問題になるのを残念ですが経験させられています。

 

悲しいことですが、年取るともうどうしようもない、と言う事態が起きてしまうんです。

 

でも、人間は死ぬその時までお腹が空くんです。

 

お腹が空けば、食べたいんです。

 

食べると言う要求は、人間の原始的欲望の一つで、最期の最後まで残る欲なんです。

 

食欲がなくなれば、人は死を迎える、と言っても間違いないでしょう。

 

生きている限り、人は食べたいんです。

 

私も、恩師を亡くした時、その衝撃で一時的に食欲を失くし、生きる気力すらも衰え、どうしたら良いんだろう、と動揺したことがあります。

 

しかし、悲しいかな、時間が過ぎるに連れて、お腹が空いて来て、食べなければならない、生きなければならない、と実感させられてしまい、亡き恩師に対し申し訳ないと言う気持ちと言うか、何とも情けないと言う気持ちになったことを覚えています。

 

生きる限り食欲はなくならない、そう言う人生を変えるような劇的な悲しい事実があっても、時間と供に蘇って来る、と言うことを思い知らされました。

 

そして、その時に我々の業界の仕事、と言うモノの重要性、大切さ、というものも思い知らされ、亡き恩師からの最期の教え、なのかも知れない、と思い至ったのです。

 

 

我々は確かに、お医者様と違って命を救う医療人ではないのかも、知れません。

 

でも命がある限り、患者さんがお腹が空けば、それを満たして差し上げる大元の大事な大事な仕事、だと思います。

 

死に仕度は、お医者様とかホスピスの方にお任せするしかない仕事でしょう。

 

我々の仕事は、老い仕度をお助けする、お守りする仕事で、例え死に向かいつつある方であっても、その患者さんが好きなモノを好きなように召し上がられたい、と言う最期の最後に残された欲を叶えて差し上げられる、素晴らしい仕事、だと思います。

 

 

そして、気にいっていただけないのかも知れませんが、私はそこで義歯への疑問点を問わざるを得ないんです。

 

最初に上げた写真のように、私は義歯でも並々ならぬ腕を持っております。

 

正直に申し上げて、この腕を修得するには相当に厳しい修練と勉強が必要です。

 

私自身、お師匠様の元で3年に及ぶ厳しい修行と、同時並行してセミナーにも行きましたし、書物も母校の図書館にその当時あった関連本は全て目を通しています。

 

平積みで7m位はあったんじゃないかと思います。

 

一番古い論文は、昭和20年代で、カタカナでした。

 

とにかく、お師匠様がなさってることを解読したい、理解したい、と言う思い一筋で、必死でした。

 

そうして、漸く免許皆伝を賜わったんです。

 

 

この真似をしろ、とは言いません。

 

しかし、義歯を修得する、と言うことは正直かなりハードルが高い、と思います。

 

 

ところが、ここにインプラントと言う救世主が現れたんです。

 

マギルレポート、と言う有名な論文があります。

 

それによると、下顎に2本のインプラントで総義歯を支えると、劇的に機能が改善する、とされています。

 

この論文が出た後は、総義歯治療の基本として、マギル先生が主張した方法がゴールデンルールとなったんです。

 

もっと簡単に言うと、総義歯の腕を相当に上げないでも、解決できる方法ができた、と言うことです。

 

たった2本のインプラントを下顎に埋めるだけで、下顎の総義歯が痛く無く噛めるようになり、それによって上顎は総義歯でも安定して噛めるようにできる、と言うことなんです。

 

噛める、食事ができる、好きなモノを好きなように食べられることが、シンプルに可能になったのです。

 

 

これは、本当に老い仕度、として相応しい我々の仕事だと思います。

 

エンディングノートとか、エンディングのことは話題になりますが、エイジング、ウェルエイジングのことはまだまだ知られていません。

 

アンチエイジングも素晴らしい概念ですが、ウェルエイジングも知っていただきたいし、どうしたいのか、と考えて欲しいのです。

 

その時に、我々の仕事、インプラントの仕事、義歯の仕事は、とてもお役に立てる筈、なんです。

 

あと数ヶ月と言われても、お腹は空いて、残された時間を知っていても、否知っているからこそ、好きなモノを好きなように食べられることって、大きな意義があることではないでしょうか?

 

命がある限り、輝いて欲しい。

 

私はそう心から強く強く願っています。

 

 

 

 

 

 

 


12月25日(火)のつぶやき

2018年12月26日 | Weblog

コバケンの第九

2018年12月25日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話



毎年恒例のコバケンの第九。

サントリーホール。

20歳の時からコバケンを欠かさず聴き続けてます。

今年も素晴らしい名演で、元気をいただきました!

12月24日(月)のつぶやき

2018年12月25日 | Weblog

12月23日(日)のつぶやき

2018年12月24日 | Weblog

12月22日(土)のつぶやき

2018年12月23日 | Weblog

最期の時まで好きなものを好きなように食べられる幸せ、がインプラント治療の利点です。

2018年12月22日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話




人の人生は、その人が思ってるようにはいかないことの方が普通です。

患者さんたちの終末を拝見して来て、ああこうなってしまったのか、残念無念で仕方ない、と言う苦い思いを何度もさせられて来ました。

その代表例が、義歯の患者さんの終わり方です。

良く患者さんは、インプラントはできない、高い、怖い、と言われ、入れ歯があるから、と言われます。

しかし、入れ歯は歳をとられてから初体験させられると、こんなものできるもんか!とお怒りを感じる患者さんがほぼ100%です。

私は自分で言うのもなんですが、入れ歯は上手いです。

一応入れ歯の神様と言われた方の弟子でしたので、免許皆伝も賜り、その系譜を厳守して写真のような成果を出せる入れ歯治療をしています。

これだけの腕を持ってる同業者は多分3%もいない、と平気で言えるレベルにいます。

わずか20代にしてこのレベルに到達し、第一線でそろそろ30年になろうとしている大ベテランです。

そして、私の経験から、入れ歯は最期まで付き合わせるのはとても難しい、と明言します。

このことに気付いたのは、30代半端の頃でした。

私が全力を尽くし、完璧と思える入れ歯を入れて、患者さんもとても満足していただき、使っていただいてました。

ところが、3年くらい経った頃、どうしても何かおかしい、と患者さんが言われるようになったのです。

毎週来られ、その度に一所懸命に調整し、これで具合良くなった大丈夫です、と帰られても、又翌週にどうもおかしい、と来られるのです。

そして、私には違和感がありました。

実は、幾ら精密に調べても、さして悪い所がなかったんです。

それでも、私はここかな?それともこちらかな?と更に精度を上げて完璧を目指して、調整を繰り返しました。

でも、駄目なんです。

患者さんは、私を絶対的に信頼されて、私がこれで使って下さい、で納得して帰られます。

しかし、駄目なんです。

悔しくて、残念で、どこが悪いのか、何が至らないのか、自分の実力不足を嘆きました。

一所懸命に勉強し、尋ねられる先生には教えを請い、でも助けられないことを経験させられました。

そうしてるうちに、その患者さんは来られなくなり、ああ治ったのかな、それとも来れないくらい身体悪くされたのかな、と案じてました。

日々の仕事に忙しく、どうされてるのかな、と案じて時間だけが過ぎて、半年くらい経った時、息子さんから電話がありました。

ありがとうございました。
母がお世話になりました。
先週病院で亡くなりました。

生前、母は先生には本当にお世話になった、と心から感謝してました。
どこの先生の所に行っても、良い入れ歯が入らなくて、もうこんなものかと諦めていたのが、先生の出会えて、とても良い入れ歯入れていただいて、本当に嬉しい、と言ってました。

と、ご報告を受けたのです。

私は呆然としてしまい、ご愁傷様です、としか言えませんでした。

実は、その後そんな体験を何回かさせられたのです。

そして、ハッと思いました。

もしかしたら、患者さんご自身の生きる力、生命力、免疫力、適応力が落ちてしまっていたのでは、脳機能低下が入れ歯を受け入れられなくなったのでは、と思ったのです。

だから、私には完璧にしか見えない入れ歯でも、生体が許容できなくなってしまったのでは、とです。

そう考えてみた時に、とても悲しいことですが、我々にはどうしようもない限界があるのだ、と分かったのです。

つまり、入れ歯の相当の実力を身に付けてしまうと、患者さんの寿命が分かってしまう、と分かったのです。

恐ろしいことかも知れませんが、私はその後同じような経験を沢山させられています。

私が完璧だと思う入れ歯を入れて、満足させられて、それが十何年とか経ってても、です。

調整を尽くし、完璧だ、と私の中で納得行く治療して、でも手に負えない方は、悲しいかな半年もちませんでした。

早い方は2ヶ月もちませんでした。

入れ歯名人になると、患者さんの寿命が見える、は私個人の中の定説です。

だから、悲しいですが、入れ歯では最期まで付き合わせるのはとても難しいのです。

ところが、患者さんは生きている限りお腹が空くんです。

そして、最期の時まで、好きなものを好きなように召し上がりたいんです。


もう一つのエピソードを語ります。

その方はインプラントの患者さんです。

亡くなられたのは92歳でした。

そして、その方は有り難いことに、亡くなられる2日前にお寿司を5皿も召し上がられたそうです。

亡くなる前日も、普通にカレーライスを召し上がられたそうです。

亡くなられた朝、起きてこないね、で見に行ったら、具合悪くなられてて、緊急で担当の先生に来てもらい、そのまま動かせない状態で安らかに旅立たれたそうです。

もし、この方も入れ歯でいたら、きっと亡くなられる半年以上前から、もう好きなものを好きなようには食べられなかったでしょう。


この差をどう感じられるのか?です。

最期の半年、と軽く思われる方は、致し方ありません。
何故なら、実は最期半年ではなく、人生最期の何年、もしかしたら10年になる不自由さ、辛さ、苦々しい思いを理解できないでしょうから。

入れ歯が、始終本当の歯のように使え、好きなものを好きなように食べられる、のは幻想です。

しかし、インプラント治療が上手く行けば、それは幻想ではなく現実です。

毎日毎日一日3回、最期の時まで、好きなものを好きなように食べられる幸せ、がどれほどの価値観なのか?

それを真摯に受け止めて欲しいのです。


インプラント治療は手術します。

だけど、それには変えられない価値があります。

勿論、手術の上手い、楽に早く綺麗に治せる先生にかかること、がとても大切です。


はっきり書きますが、入れ歯に悩まされて最期の人生送りたいですか?なんです。

旅行に行くのも、車買うのも、宝飾品買うのも、贅沢するのも良いでしょう。

でも、それで健康になりますか?

最期の人生満足できますか?

価値観の違いでしょう。

歯を大切にすること、食べられること、の価値観が低い方は致し方ありません。

でも、高齢者が若い時の反省の代表例が、歯を大事にしなかったこと、ですからね。

その時に分かる、では遅いんです。

歯の治療、インプラントの治療は、まだまだ体力、気力のある時にしておくべき老いじたくなんです。

老いじたくした後で、旅行でも、車でも、宝飾品でも、好きなものを楽しめば良いのではないですか?

老いじたくしないまま、その時が来てしまったら、残念な最期の人生になってしまうでしょう。

来年死ぬから、という人で、本当に来年に亡くなられる方はまずいません。

そう言いながら、5年10年生きられてます。

そして、冒頭に書いたように、残念無念と見送るしかない、と言う経験をされられています。


もう一つのエピソードを書きましょう。

その方は、胃がんを担当医に宣告されました。
先生、あと3年て言われたよ、と悲しい顔でご報告に来られました。

その時、その方のお口は崩壊ギリギリでした。

今更抜歯して入れ歯か?それでこの方を救えるのか?私は悩みまくりました。

そして、患者さんとお話を沢山して、やはりインプラントにするよ、となったのです。

私の最大の特徴の抜歯即時植立即時荷重インプラントで、直ぐに歯を入れ、見た目と噛める機能もある程度回復される治療法です。

私の人生かけて成功される、と臨みました。

完璧な手術をできました。

直ぐに綺麗に歯が入り、そして、最初からある程度噛ませられました。

3ヶ月もしないで、ちゃんと噛ませられるまで治せました。

患者さんはとても喜ばれました。

俺にもまだ治る力あるんだね、と。

そして、私は担当医の予想を超えましょうね、とメインテナンスに来て下さい、とお願いしました。

その方も真面目な方で、ちゃんと来られ、日々生きることを感謝されて、私の治療に感謝されてました。

時間が過ぎて行き、宣告された年数が過ぎて、やったと、とても喜ばれました。

しかし、ある日胸が苦しく、と言うことで緊急入院になられ、そのまま旅立たれました。

入院されて2週間以上頑張られたそうですが、心肺がもたなかったそうです。

それでも、この方も急変されるまでは、普通に生活され、確か緊急入院される前の月には家族旅行されて、好きなものを好きなように召し上がられてたそうです。

自分でも最期の家族旅行かな、と言われてました。

多分、余命宣告された方にインプラントしたなんて、なんて奴だ、と言われると思います。

しかし、余命宣告されてる方は、何もかも我慢、辛抱して過ごすべきなのでしょうか?

最後に残された楽しみは食べることだよね、だから、インプラントするよ、とその方は言って下さってました。

家族の方も説得されたそうです。

受ける私が馬鹿なのでしょう。

でも、私はこの方の最期の時を守ることに尽力した、と申し上げます。

患者さんご自身満足され、喜んでおられたのは間違いありませんから。

癌体質になると、入れ歯はまず無理です。

悪液質に段々なり、粘膜負担では治せないんです。

しかし、インプラントにはまだまだできることがあるんです。


だから、私はインプラント治療を強くお勧めしています。

そして、自分の技術を磨き、早く楽に治せるように、日々努力しています。

患者さんを最期の最後まで守るインプラント治療。

それが究極の目標です。


決して金儲けではありません。

治療費が高い、との声が聞こえて来ますが、以上のお話を読んでも納得行かない方は致し方ありません。

人生の価値観が違うのですよね。

でも、そう言う方の人生の最期の時、悔いのないようにお祈り申し上げます。








12月21日(金)のつぶやき

2018年12月22日 | Weblog