義歯治療が増えている、それもインプラント治療の評判が低くなって、と言う状況が歯科界で現実となって、このままでは歯科業界が逆戻りしてしまうと危惧しています。
私が卒業したばかりの1987年、インプラント治療は甚だ怪しげなものでした。
それは間違いありません。
なので、その当時は義歯治療や歯周病治療を真面目にしている歯医者のグループはインプラント治療を忌避し、あんなものに手を出している、と言われる始末でした。
その当時のインプラント、ブレードタイプとかサファイアインプラントは正直な話、6割成功しているかどうか、と言うような感じでしたし、10年持てばそれで良い、と言う考えのものでした。
究極的骨がない方へのインプラントとしてサブぺり骨膜下インプラント等も行われていましたが、その成績と言えば惨憺たるもので、恩師は遺言としてサブぺリにだけは決して手を出すな、と厳命されました。
何時も書いていますが、私の最初の恩師は、総義歯の名人でいらして、インプラント治療も手掛けている、と言う進歩的且つチャンとした長い結果を残す、と言うことにも真摯な方でした。
その当時、時はバブルの真っ最中でした。
証券会社のOLさんが、ボーナスが立つと言う位稼げていた時代で、そのお金で歯を綺麗にして、結婚される、と言うような夢の時代でした。
その頃に、現代インプラントの祖ブローネマルクインプラントが日本にも導入され始め、このインプラントなら90%以上成功させられる、と言うことで少しずつ広がって来たのです。
1990年に入れば、日本におけるインプラントの父と呼ばれる先生が、GBR骨造成術が欧米で始まっているようですが、とさるセミナーで挙手されて質問されていたのを私は良く覚えています。
そんな凄いことが出来るんだ、と感銘を受けたものです。
又、その当時は歯周病再生療法GTRが始まり出した時代で、従来切り取るしかなかった歯周病治療で再生を図れる、歯を残せる可能性が広がって来ている、とワクワクさせられたものです。
思えば、あの当時は歯科業界は非常に熱く、一気に勉強熱が高まった時代でもありました。
そこからスタートし、我々の世代はそのど真ん中で激しく移り変わる中、日々新しい情報、手法を取り入れることでそれまでは有り得なかったような成果を手にすることが出来、非常に嬉しい時代でした。
私達は幸福だった、と言えるでしょう。
しかし、裏側から言えば、学ぶことは非常に大変であり、時間も掛かるしお金も掛かる、それでも少しずつしか分からない、と言う真剣な努力が求められる時代でもあったのです。
恩師故今間先生と巡り合い、ストローマンボーンフィット(今のストローマンの原型)と出会って、その素晴らしさ、美しさに感激して、弟子入り志願して学ばさせていただきました。
そのお蔭で、私自身インプラントを手掛けられるようになり、GBR骨造成始めとする斬新で凄い技術を修行して手に入れて来ました。
今にして思えば、今間先生と出会うまでの間に義歯治療、総義歯治療を徹底的にしごかれ修練して身に着け、免許皆伝までいただけたことは非常に幸運でした。
何故なら、義歯治療を修得する機会を失わずにインプラント治療に取り組めることになったからです。
若く、未熟そのものであった私が強いられて総義歯治療を修得させられたのは、その後インプラント治療するにしろ、歯周補綴全顎治療をするにしろ、非常に役に立ったからです。
総義歯治療を通じて、私が修得した能力は、全顎的な一人一人の患者さんの理想的な口腔状態を直ぐに見通せる、と言う能力だったからです。
患者さん達は、自分が歯が悪くなって、どう言う状態なのか正確に理解出来ていません。
歯が悪い、と言う程度の理解しかされていないのが実情です。
しかし、虫歯があり、歯周病があり、噛む力の加わり方があり、顎の偏位があり、それらに伴って歯の移動、顎の退縮、変形、色々なことが複雑に絡み合って歯は悪くなっています。
歯が悪い、と言う単純な言葉では表現し切れない、色々な複雑極まりないものが絡み合っているのを治すには、一つ一つ絡み合った糸を解きほぐすようにして解決をしないといけません。
そうしないと、結局場当たり的な治療しか出来ない羽目になり、又悪くなり、最終的にカタストロフィーに到り、総義歯になると言う帰結を辿るのです。
総義歯治療を修得すると言うことは、その顛末、経過を目の前で見せていただく、どうしてこう言う事態に到ったのか、それを学ばせていただくものになったのです。
患者さんは歯が悪いの一言で歯医者は専門家だから分かるだろう、と思っています。
しかし、専門家であるからこそ、この患者さんの場合は、虫歯で歯が壊れ、噛んでいる位置が変化して顔まで変形し出しているとか、歯周病で歯がグラグラになり、歯の位置移動まで来たして義歯を入れているがその顎の骨が痩せてしまって支えている歯の負担が増して駄目になっているとか、この患者さんは顎を変形させてしまう体癖を持っていて、それが歯を壊す原因に成っているとか、無意識のうちに歯を舌で押す癖があって歯列が広がって駄目に成って来ているとか、とにかく色々な原因があるのです。
それを素人さんである患者さんは当然知りません。
知らないから、その原因を歯医者が見付けて特定し、治療しようとすると、非常に抵抗する患者さんの方が多数派です。
この大きな原因は歯医者側にあります。
何故なら、ごく普通の歯医者は応急処置の治療しかしてくれない、否出来ないからです。
そう言う時に、本来の原因をちゃんと見付け、指摘し、その治療をしようとすることは、今までの歯科治療と違い過ぎるから、と言う理由で受け入れられないのです。
実に不思議な心理だな、といつも感じるのですが、私の元に腕が良いと評判を聞いて来られる患者さんが、今までの先生と全く違う、と言って抵抗感を示されるのが私には理解出来ないのです。
それまでの先生と違うことを出来るししているから治せるのであって、それまでと同じようにしか出来なければ、私であっても似たような結果しか出せないんですよ、と言う話をして漸く、そうですね、と理解いただけているのが現実です。
まあ、私は人間音痴の変人なので、そう受け取られても、治す為には我慢して下さいねとお願いして治療して成果を出して、最終的に理解して貰うのが実情ですが。
このような経験を数え切れない位させられて来た私は、インプラントが忌避されて義歯治療へと言う流れには、これはとんでもなく拙い事態に成って行くぞ、と決して外れないであろう予測をします。
何故なら、義歯治療を行うに当たっても、残存歯の治療をキチンと組み立てて、残せる条件作りをしっかりとし、その上で義歯治療をする、と言う手間暇掛ける治療はまず増えはしないだろう、と予想するからです。
1本も歯がなくなる総義歯治療ですら、一気に抜いて総義歯にすればそれで充分に満足できる総義歯が入る訳ではありません。
何故なら、総義歯に到るまでの間、患者さんは残存歯で噛み、食事をし、部分義歯を入れたりして、歯が動き、顎の歪み、骨の変形、吸収を来たしているからです。
患者さんはそんなことは全く理解していません。
ですから、総義歯治療ですら、こう言う治療が必要ですよ、と説明して、治療用義歯を通じて最終義歯に到る方法を納得いただけた方しか治せません。
しかし、一般的患者さんは、名人に当たれば上手な入れ歯を入れて貰える、と信じ込んでおられます。
これは根強い迷信、盲信である、と私なんかは明言します。
私は上でも書いているように総義歯世界では、免許皆伝を授かった者の一人で、総義歯の名人、神様の系譜を引き継ぐ者です。
生意気な言い方になりますが、若干20代で総義歯世界では超一流の世界に上がって現在まで20年以上の者です。
今までの総義歯世界の潮流もずっと見て来ていますが、恩師の慧眼は正しかった、あの当時には心底理解出来なかったことが、後から理解出来た、と言う経験を積み重ねて来ました。
その中で言えることは、総義歯とは言え、否総義歯だからこそ、それまでの歪みが全て出て来るので、それを解決して差し上げないと、決して解決しない、と断言出来るのです。
総義歯患者さんの殆どが顎の骨の変形を来たしています。
顎の関節の変形もまず間違いなくあります。(これに関しても、私は総義歯業界で随分嫌な思いをさせられましたが、やはり恩師の教えが正しかったです。)
その中で、何処に落ち着く先を見つけるのか、そんな難しいこと1発勝負で出来る筈がありません。
保険治療はそれだけでも駄目なものである、と明言出来るのです。
保険は1発勝負しか認めませんし、しかも、全てが1回分しか請求不可で、やり直し、修正、補正は認められていないからです。
こうして彷徨う患者さんが量産されて行きます。
しかも、インプラントが叩かれて、義歯に流れる風潮では拍車が掛かるでしょう。
総義歯に一例を取りましたが、部分義歯は総義歯よりも天然歯が残存している分だけ更に複雑です。
まず残っている歯がちゃんとした位置にあって、部分義歯支える条件に適合出来るのかどうか、又それだけの耐久性を与える歯科治療を残存歯に出来るのか、と言う大きな大きな問題があります。
患者さんは歯があるのだから総義歯よりも易しいだろう、と信じています。
しかし、これも迷信です。
逆に歯があるからこそ難しいのです。
虫歯、歯周病、根尖病巣、骨の形態、負担様式、考慮する因子が物凄く多岐に渡るし、実力も求められます。
患者さんは歯医者だから、出来る筈だろう、とやはり迷信で信じています。
しかし、実情は義歯の8割がタンスデンチャー、要するに全く実用性の全くない状況で箪笥にしまわれている、飾られているのです。
そうして、いもしない義歯の名人歯医者を探して彷徨い続けているのです。
結論的に言えば、義歯治療に長けている歯医者を探すのは、良心的インプラント医を探すのよりもずっと大変であり、インプラントから義歯への流れは間違っている、と言うことなのです。
最近の風潮では、悲しいことですが、インプラントが上手でも義歯治療は苦手、と言う方も増え続けるでしょう。
そんな中での現在の揺れ戻し、歴史を逆回転させるような動きは非常に拙い、と明言します。
勿論、昔と違って義歯治療の上手な先生が、インプラントも手掛けている、と言う状況も出て来ています。(昔は完全に敵対していましたから、両方を使いこなす者は辛かったものです。)
患者さん達へ、明言します。
インプラント治療を真摯に、真面目に手掛けている先生を真面目に探されること、それがベストなのです。
変に安いとか、本数が多いとか、そんなことと医療レベルは無関係です。
CT持っていても、被曝量が大きく、撮影制限があって、使いこなせていなければ意味がありません。
コンピュータ主導であっても、先生がベテランでないと使いこなせません。
光当てればくっ付くと言うのも、先生の手技を上回るものではありません。
今一所懸命に光当てている先生方の殆どは、当てないでもそれなりの成績を挙げられていただけです。
何かをすれば魔術的に凄いことが出来る、何てものはいもしない総義歯名人を探すようなものです。
名人だからこそ、ステップを踏み、チャンと確かめながら成果を出す。
それだけのことです。
辻褄合わせの応急処置の連続では、決して成果は出ないでしょう。
まず変えるべきは、患者さん自身の意識なのです。
勿論、業界内の歯医者の側も勉強はすべきで、こちらの方が責任は重いでしょうが。
本当にマスコミはこう言うちゃんとした論調で報道をして欲しいものです。
そう言うマスコミがあったら、私は協力を惜しみません。
真面目に啓蒙活動をしてくれず、真摯でない所、扇情的に煽るだけのバカバカしい所には困ります。
私にそう言う関係の記事書かせてくれる所はないものですかね。
そう言う仕事もして行きたいし、しなければならないな、と感じる今日この頃です。