この患者さんは、今は天国におられます。
ご存命なら、そろそろ100歳の方です。
14年前85歳で私の元にご相談と言うか、最初からインプラント希望、と言うことで来られました。
私は初めてお会いした時に、大変失礼をしてしまいました。
男性で、85歳と言うお年でしたので、平均寿命も過ぎておられるし、もう年齢的にも大きな侵襲が掛かるのではないか、と心配されるインプラントをされないでも、部分義歯では駄目なんでしょうか?と申し上げてしまったのです。
それと言うのも、私自身は義歯治療にも歯周病治療にもそれなりに自信があり、充分治して差し上げられるだろう、と思ったからです。
ところが、この方は、失礼な発言をした私に対して、諭すようにお話をして下さいました。
「先生、私はね今まで部分入歯になって、さんざん苦労して来たんだ。
相当にお金も掛けて、ちゃんとした部分義歯も何個も作って貰ったし、名人と言われる何人かの先生の元にも遠くまで通ったりしたよ。
でもね、入れ歯じゃ駄目なんだ。
どうしても違和感が強くて、食事のたびに嫌で嫌でしょうがなくて、こんなんじゃ死ぬまでとても我慢ならない、と思ったよ。
だから、先生の所だったら直ぐに歯を入れてくれるインプラント治療してくれるって聞いたから来たんだ。
私は、そりゃ老い先短いかも知れないけど、でもだからこそ、今美味しく何でも気にしないで食べられるようになりたいんだ。
先生じゃないと、インプラントして直ぐに歯を入れられないんだ、と聞いて来たんだ。
だから、インプラントして貰えないか。」
と言われたのです。
私は、自分を恥じました。
年齢で判断するなんて失礼なことを言ってしまった、患者さんは幾つになったとしても、残りの人生で楽しい美味しい食事を満足したいんだ、と。
そして、お引き受けしました。
一番最初は、主訴であった左下顎の奥歯にインプラントをさせていただきました。
勿論、即時荷重インプラントで、手術後に歯が入っている状態に治させていただきました。
結果は、患者さんは大満足でした。
その当時14年前ですから、今から比べると低侵襲手術の程度もたかが知れてるようなモノだったと思うのですが、入れ歯の苦痛から解放された、と言っていただけて、とても喜んでいただけました。
そうしたら、他の部位の歯も満足に噛めない、と言って、徐々にインプラントの本数が増えてしまって、最初のレントゲン写真のようになったのです。
いつもいつも、先生の手術なら大丈夫、私みたいなお爺ちゃんでも受けられる、先生、これで私みたいな高齢者を沢山救ってあげなさい、と言って下さいました。
何しろ、私たちみたいな老人は食べることだけが楽しみなんだからね、残り少ない時間だからこそ、あと何回食べられるんだろうって考えるんだ、それは生きてるって価値で金なんかじゃ換えられないモノなんだからね、と諭されました。
この患者さんのありがたいお言葉で、即時荷重インプラントをして来て本当に良かった、と思いました。
とても素晴らしい方でしたが、残念ながら数年前に天国に旅立たれました。
その数か月前まで、定期的メインテナンスにお越し下さっていて、いつも意気軒昂とされておられました。
しかし、ある日電話があり、身体が疲れているから伺えない、暫く休ませていただく、と伝言があり、それが私たちと最後の関わりになりました。
亡くなりました、と言うご連絡が数か月後にご家族から来て、その後メインテナンスにお越しになっているご家族の方が、先生には最期まで感謝してましたよ、わりと最期の時まで美味しくモノを食べていましたよ、と言っていただけました。
即時荷重インプラントを頑張り続けて来たからこそ、私はこの患者さんと出会え、お教えをいただくことができ、それが今も私の支えとなってくれています。
どんな患者さんであっても、残された時間は本当に貴重なモノです。
それを、たかがインプラント治療の為に大きく制限されたり、苦労を掛けたりすることは、私は良くないことだ、と思います。
この患者さんも、即時荷重は勿論、低侵襲手術、身体に大きな負担を強いない、腫れたり痛んだりさせない手術も大変高くご評価いただけました。
我々の治療は、できるだけ患者さんの日常生活に負担を掛けるモノであってはならない。
患者さんの日常生活をそのまま送れるように治して差し上げること、を最重要に考えなければならない。
私は、自分のポリシー、信念が正しい、とこの患者さんを通じて教えていただいた気がしています。
なので、これからもこの道を患者さんの為に極めて行くことを、この患者様のご霊前に誓います。
Yさん、本当にありがとうございました。