すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

STORY.11 backstage 

2008-12-02 19:25:18 | 小説
前の妄想小説が長かったので、今回は、短めのものを。

妄想の元になってるのは、「47写真集」の、愛知県。
ベンチソファーに寝てるすばちゃんです。

区切ろうかとも思いましたが、いっきに行きます。


よろしければ、続きでどうぞ。
いつからだろう      
幾度となく、同じ夢を見るようになったのは。


空を掴むように伸ばした右手が。

のどをかきむしるかのような左手が。

全身に伝わる冷たい汗が。


      夢の終わりのしるし。


華やかなステージ、
スポットライトに照らされ、流れ出すイントロ。

リズムを捉え、動き始める身体。

自分のパートで歌いだそうとした、そのとき。


出るはずの声が、
オレの歌が、


      出ない、

      流れない、

      響かない。


一瞬にして、襲い来る闇。


全てが消え去り、
足元から、深い奈落に引きずり込まれていく。

落ちまいとして、伸ばす手。
もがく身体。

息苦しさが全身を支配し、
耐え切れなくなったとき、

オレは目を覚ます。



震え続ける身体に、
まとわりつく不安と恐怖。

振り払うかのように絞り出す声。

かすれて、
音にすら、ならない。

激しくなる鼓動。
こわばる口元。

握り締めた右手の甲の傷痕が熱を帯び、

現実を取り戻せ、と告げる。



息を吸い、
渾身の力をこめて叫べば      



「どないした?」

聞きなれた声。
この仕事を始めた頃から、隣にいる声。

怒るのも、笑うのも、泣くのも、悔しがるのも知ってる、声。

いまは少し心配そうだ。


「汗、びっしょりやんけ」

手近にあったタオルを、放ってよこす。

「ちゃんと拭いとけよ。風邪でもひいたら、どないすんねん」

オレはタオルを受け取り、声の主を見上げた。

「また、あの夢か?」

なんで、わかんねん。

「そら、わかるわ。何年、一緒におると思ってんのや」

何年?
この仕事始めたのと一緒やから・・・

汗、拭きながら、オレはちょっと考える。

「もう、十年過ぎたで」

もう、そんなになるんか。
なっがいなぁ。

「声、出にくいんやろ。水、飲むか?
 なあ、誰か、こいつの水・・・
 あ、ここにあるわ、ほれ」


差し出された水を、疑いもなく、ひとくち、口に含めば。

「うわッ、まずぅッ!! なんやこれ、ちっとも冷たないやんけ」

飲み込もうにも飲み込めず、思わず吐き出す。

睨むように、そいつを見れば。

八重歯を思いっきり見せて、ケラケラ笑う顔が、そこにある。

「何、笑ろとんねん。飲めるか、こんなん」

手にした水を突っ返す。

「声、出たやんけ」

笑いながら、俺の手から水のペットボトルを取り上げた。

「ああ・・・、ほんまや、出るわ。ちゃんと」

オレは、ひとつ、大きく深呼吸をした。

「なんか、心配なことでもあるんか」

心配?

「おまえがその夢見るときって、たいてい、なんか勝手に悩んでる時やって、
 自分、気づいてないんか」


勝手に・・・って。

「おまえ、悩みはじめると、わっかりやすく落ち込むからな。
 鏡、見てみろや。モロ、顔に出てんねん。

 話、聞くだけやったら、聞いたるぞ。聞くぐらいは、な。

 まあ、話したないなら、あえては聞かへんけども、
 話したら、スッキリすることやって、あるぞ」


言いながら、そいつは床に腰を下ろすと、
軽いストレッチを始めた。

話聞こうってヤツの態度とちゃうな。



オレは、部屋の中を見渡す。

雑多なものに溢れている楽屋。


でっかい鏡の前に、いろんなメイク用具、ドライヤー。
ハンガーに掛けられた衣装。
メンバーそれぞれの私服、バッグ。
会議用の机に、広げられた紙の束やペンに混じって、菓子の類。
あちこちに向いたパイプ椅子。

見慣れたその風景に混じって、

ゲームに興じてるヤツ、
パソコンに向かって、しきりになにか思案顔のヤツ、
ギター抱えて、五線譜とにらめっこのヤツ、
スタッフのおばちゃん相手に、コントかましてるヤツ、
さっき、メシ食ったばっかりやのに、また何か食ってるヤツ、

久しぶりに、顔みせたヤツ、

それにいっつも身体動かしてる隣のヤツと、

ベンチ型のソファでうたたねしてたオレ。


この仕事始めてから、
辛いことも、苦しいことも、数え切れへんくらいあって、

でも、かわりに楽しいことも、嬉しいことも、それなりにあって。


全部、こいつらと一緒に乗り越えてきたんだよな。


「なあ、オレ、ここにいて、いいんだよな」

「はあ? また言い出したな、おんなじこと、何遍も」

ストレッチの途中で、顔もこっちに向けんと、そいつは言った。

「歌えんくなったら、どないする?って、言うんやろ。
 あかんあかん、悩むな。
 歌えんかったら、踊ったったらええねん。しゃべっとったらええねん。
 最悪、黙って立っとるだけでも、ええわ。
 歌だけで、このグループの中におまえが必要なんと違うぞ。
 出来ん時は、出来んって、言えや。
 他のメンバーに任せといたら、なんとかしてくれるわ。
 ひとりじゃないやろ?
 なんのために、オレらがいてんねん」


オレが歌えなくなることなんか、なんでもない、と、そいつは言った。

「心配せんでも、おまえは、放っといても、歌からは離れられん。
 時間がかかっても、絶対、歌わずには、おられんやろ。

 ・・・それに、やな。
 
 オレだって、ちっとは、歌、うまくなってるやん」


自分で言うか?

「みんな成長してんねん、それなりに」

「成長してへんのは、オレだけってことか」

「おッ、そんなことはないで。ちゃんと、おっさんになっとるやんけ。
 まあ、背は、ちっちゃいまんまやけどな」


「うっさいわ、ボケ。ちっさい、言うなや。これでも、ちょっとは伸びたわ」

「そこは、まあまあ、ええやん」

「ええこと、あるかあ」

あかん。
こいつと話してると、ついつい喧嘩コントっぽくなるわ。

「なんにしても、や。
 おまえの居場所は、ここにあるで。

 どんなおまえでも、おまえには、変わりあらへん。

 無理に変わる必要はないっていうたんは、自分やろ。
 いつやったかな、忘れたんか?
 時期が来たら、自然と変わっていくって、言うてたやん。

 それでええんと、ちゃいますのん?

 昔のおまえからしたら、そら、えらい変わりようやと思うけど、な」


それは、自分でも、思わんことはない。
やんちゃなナリで、変に、とんがってた頃のこと考えたら、な。

「このままで、ええって思うか?」

「ええと思うで。
 オレら、やっと走り出したとこやんか。
 他のグループが出来へんことも、
 オレらやから出来る事があるって、そう考えようや」


「隙間産業か、オレら」

「隙間が見つかったら、そこは、オイシイとこやで。
 だぁれもやらへんこと、やったら、目立つがな」


「やって失敗しても、叱られんの、慣れてるし、な」

「そうは叱られんやろ」

「あほか、おまえ。
 オレ、ちょっと事務所来てって言われたら、絶対叱られるやん」


「それ、昔のことやろ。今は、おとなしいもんやんか」

「事務所的には違うらしいで。
 叱るとこ、多すぎて、1コに絞られへんらしいもん。

 そう、事務所に入ってから、叱られてばっかしや。
 なんで叱られてるのか、わかってないだろって、また叱られるし」


「アハハ・・・! そら、おまえ、しゃあないわ。やらかし、多すぎんねんもん。
 ええやん、叱られるってことは、目立ったってことや。
 それだけでも、存在感あるやんけ」


「おまえ、どんだけ、ポジティブやねん。いらんわ、そんな存在感」

くだらない会話。
しゃべってる内容は、昔から進歩してへん。

「おんなじ道、何度も迷って、
 同じとこで、何度もつまづいて転ぶんも、相変わらずってことか」


「ええでしょ、それでも。
 そのうち、転び方やって上手なるって。
 大怪我せんかったら、ヨシとしようや」


せやけど、しゃべってるうち、
こいつのポジティブさが伝染してくるのも、また事実で。

知らんうちに、元気にもなる。



      そろそろ時間なんで・・・


スタッフの声がする。



気づけば、他のメンバーは、それぞれに仕度を始めてる。


廊下では、人の動きが激しくなって、ざわめきが聞こえる。



たったひとつのステージを成功させるために、
数え切れないくらいの人が、思いを一つにする。



オレたちは。


たくさんの人に囲まれて、この仕事が続けられる。






遠くで、オレらを呼ぶ声が、地鳴りのように響いてる。

「あの声聞いたら、もう、この仕事、辞められへん」

立ち上がったそいつが、振り返りざま、そう言った。

「せやろ?」

「ああ、そやな」


オレの居場所は、あの声の中にある。


たとえ、あの声が、最後の一人になったとしても、
その最後の一人のためにも、
オレは、歌い続けるだろう。

この声、涸れ果てるまで・・・





                 FIN.