殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ガイド志願

2009年01月19日 10時04分30秒 | 不倫…戦いの記録
病院は、一人の女性によって牛耳られていました。

看護課長。

彼女のご機嫌をそこねると、シモジモはもちろんのこと

医師であろうが上役であろうが、ただちに退職に追い込まれます。


彼女には数名のスパイを兼ねた眷属(けんぞく)がおり

公務員というシモベを束ねておりました。

宴会があると、司会のシモベが紹介します。

「では、この病院の女王、看護課長ですっ!」

言うほうも言うほうですが

女王と言われ、平然と出るほうも出るほうです。


彼女の長年の独裁により、多くの人が涙を飲み

彼女が踏み越えたそのシカバネは

その後ろに累々と列をなしていました。


しかし私は、彼女を尊敬していました。

眷属やシモベの頂点に君臨する姿は、コソコソと見苦しく立ち回るよりも

いっそのこといさぎよく気持ちがいいからです。

もちろん、直属の部下だったら、とてもじゃないが付いて行けません。

対岸の火事は面白いものです。


夫婦で事務の同僚…という中年カップルもいました。

昼あんどんの亭主と、悪魔のような妻です。

通常、夫婦が同じ職場の同じ課に居続けるのは

自営以外では難しいです。

しかも公的機関では、不可能に近いでしょう。


しかしこの二人は、折々の人事をなぜかうまくかいくぐり

長年机を並べていました。

もちろんペナルティとして、どちらも出世コースからは

完全に外されています。

それが時にストレスとなるのか

ぼんやりの旦那はともかく、妻のほうの底意地の悪さは

昔の少女漫画をほうふつとさせるような見事さでした。


ごく一例…病院で働く者には、年2回の健康診断が義務付けられています。

最近は、肝炎の抗体の有無も調べるようになりました。

抗体の無い者は、毎年五千円近くを払って

抗体を植え付ける注射をしなければなりません。


私と綱吉はなぜか抗体があり、注射の必要がなかったのです。

注射がいらないという意味がわからなかったので、医師にたずねました。


「うらやましいよ。僕なんて、毎年注射してるけどダメなのに」

昔学校で行われていた予防接種では、注射器の回し打ちが普通だったので

知らない間に肝炎の抗体が植え付けられている人もいるという話でした。

入れ墨の習慣の多い地方ではよくあることで、心配はない…。


食堂で医師と盛り上がって話していたのを

こっそり盗み聞きしていた悪魔妻…。

医師が去るなり、我々の前に立ちはだかって

「あんたたち、将来絶対発病して、苦しんで死ぬんだからね」


飯炊きのぶんざいで、医師と親しく会話したことが気に障ったらしいです。

長年、外界から遮断された世界で

与えられた安定と特権の上にあぐらをかいていると

進歩が止まるのでしょうか。

そういえば…この人のよそ行きドレスはいつも

いまだに肩パット入りのボディコン・スーツでしたな。

頭はまだ昭和なのでしょう。


事務といってもやる仕事がなく

夫婦揃って一日ブラブラしているだけでは物足りないようで

こういうことにも目を光らせるのを生き甲斐にしていました。


厨房の中も外も、このようにスパイシーな毎日でしたから

退屈はしなかったのですが

もう充分勉強になったし、これ以上長居をすると

魂が汚れ放題になる気がして、そろそろお別れしたくなっていました。


私はしばらく前から、何か人に喜ばれることをしたいと思っていました。

その時興味を持っていたのは、町の美観地区のボランティアガイドです。

ガイド養成講座の申し込みは年1回。

夫がいつになく、申し込みをしてやると親切に言うので

来年の講座の予約を頼みました。


しかし夫はその日、家に帰って来ると

「よしたほうがいいと言われたので、申し込まなかった」

と言うではありませんか。

「大変なところらしい。古い世話役が居座って、若い者にはガイドはやらせず

 ゴミ拾いばっかりだってさ」

「えぇ~?」


だからこの町はダメなんだ…などと言い合ったものですが

それが夫のワナだったとは、夢にも思わなかった私でした。
コメント (10)
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