友人から電話があったのは、それから数日後のことでした。
「エステのお店を始めるって、本当?」
なんですかいの?それは…?
「水くさい…。ひとこと言ってくれればいいのに。
もし始めるなら、私行っちゃうわ!」
話が見えん…
「主人から聞いたのよ。いよいよ多角経営に進出ですって?」
友人のご主人は商工会議所に勤めていて、夫とも知り合いでした。
先日から度々、夫からエステ店開業にあたっての問い合わせがあったそうです。
友人には、すぐご主人に連絡して夫の話に取り合わないよう
伝えてもらいました。
本気で相手にしていたら、彼女のご主人はクビになります。
夫の怪しい行動に気付いても
昔のようにドリフのコントよろしく
金ダライが頭上に落下するような衝撃は受けなくなって幾年月…。
長い間、それは私が成長したタマモノと思い込んでいました。
しかしよく考えてみると、必ずしもそうではないことに気付きました。
ショックだの裏切られただのと
手放しで嘆き悲しんでいられた頃は、まだ余裕があったから…。
そのうち自分と子供が食べるのに必死になってきて
亭主の浮気くらいでいちいち泣いていられなくなっただけ…。
不況が進み、そのうち日本中が生きることすら大変な時代になると
浮気だ不倫だとのんきに騒いではいられなくなるでしょう。
亭主がよその女と寝たのを知った女房が
「それでいくらもらった」とたずねる時代が来るかもしれません。
浮気や不倫で悩むのはゼイタクとなる日が来るかもしれません。
愛情や誠実よりも、今夜の食事を確保したい時代が
すぐそこまで来ているのです。
そんなご時勢に多角経営!
しかもエステ!
こんな人口の少ない田舎で!
…チャレンジャーじゃん…
だまされているに違いありません。
「わかったわよ!」
友人は、ご主人からいろいろ聞いてくれました。
店主は、市外在住の女性の名前。
バックは聞いたことのない化粧品メーカー。
夫の会社が一部出資する予定だと話していたそうです。
店の場所もおよそ決まっているそうです。
「でも大丈夫。うちの主人はまだ問い合わせに答えているだけの段階よ。
悪いけど、主人もちょっと疑ってたみたい」
私は夫の実家へ急行しました。
2階の一室に入ると、出るわ出るわ…
消えたスーツを始め、化粧品の各種パンフレット
販促用のサンプルが詰まった段ボール…。
この男は昔から、私に見られて困るものは
こうして実家へ隠す習慣があるのです。
「あらあら、たくさんに…」
私に付いて来た義母は、のん気に感心しています。
女の口車に乗せられ、出資を約束したものの
しょせん明日をも知れぬ貧乏会社。
家賃や開店資金を銀行で借りられないので
商工会の貸付け制度に目をつけたと思われます。
頭が悪いくせに、妙なところで妙な知恵の回るところがあるのです。
私がガイドの用件で商工会に出入りしてもらっては
出くわす怖れ、噂を聞きつける怖れが懸念されます。
それで私を商工会に行かせないようにし、作り話をして断念させたのでした。
夫が女にだまされるのは勝手です。
しかし、私のやりたいことを潰してまで
ご奉仕するのは黙認できません。
そして実は、私を激怒させた原因がもうひとつありました。
数ヶ月前から、私はその化粧品を夫経由で買わされていたのです。
…知り合いが夫婦で始めたから、付き合ってやってほしい…。
私も知っている人だったので、快く了解しました。
夫婦で転職…大変だろうけど頑張ってね…という気持ちで
私はすっかり善人気取りでした。
許さん…
夫の幼稚な真剣さは、幼稚ゆえに被害を拡大させる威力が充分にあります。
私のみならず、すでに商工会の友人
店を出す予定のビルのオーナーを巻き込んでいます。
会社は、すでに子供の代に向かって動き始めています。
今よその女にだまされて、金はおろか信用まで失うわけにはいきません。
スーツが何着も必要だったところを見ると
夫はすでにこの商売に深く入り込んでいる気がしました。
パンフレットの中に大量の「パーティー券」を見つけたからです。
とうに過ぎた日付のものから
少し先の日付のものまでありました。
知り合いに配れと言われて持ち帰ったものの
配れないまま放り込んだ…という感じ。
この券を配っては人を集める商法のようでした。
女は、パーティーという単語に弱いのです。
お父ちゃんの服を着込んでは、こんな所へ行ってたんだ…
お~の~れ~!どうしてくれよう…
父の服を使ったのが、最終的な導火線になりました。
パーティーとやらは、明後日の日付。
行っちゃる…
私には、今まで無かったものがありました。
それは「ヒマ」です。
午後6時に合わせ、私は車で1時間かけて会場へ行きました。
いきなり行って入れてくれるかどうかわかりませんでしたが
ダメなら入り口でわめいて
素敵な雰囲気にしてやろうと思っていました。
知らない土地なら、何だってできるわい…
「○○○ス・パーティー受付」
そう書いてある紙を貼った机で取りすましている若い女に券を出すと
すんなり会場へ入れてくれました。
安ホテルの会場は人かげもまばら…
と思っていたら、本当の会場はもうひとつ奥の部屋でした。
来た者はまずテーブルに座って、住所氏名などを書くようです。
たくさん書かなければならない項目がありました。
「エステのお店を始めるって、本当?」
なんですかいの?それは…?
「水くさい…。ひとこと言ってくれればいいのに。
もし始めるなら、私行っちゃうわ!」
話が見えん…
「主人から聞いたのよ。いよいよ多角経営に進出ですって?」
友人のご主人は商工会議所に勤めていて、夫とも知り合いでした。
先日から度々、夫からエステ店開業にあたっての問い合わせがあったそうです。
友人には、すぐご主人に連絡して夫の話に取り合わないよう
伝えてもらいました。
本気で相手にしていたら、彼女のご主人はクビになります。
夫の怪しい行動に気付いても
昔のようにドリフのコントよろしく
金ダライが頭上に落下するような衝撃は受けなくなって幾年月…。
長い間、それは私が成長したタマモノと思い込んでいました。
しかしよく考えてみると、必ずしもそうではないことに気付きました。
ショックだの裏切られただのと
手放しで嘆き悲しんでいられた頃は、まだ余裕があったから…。
そのうち自分と子供が食べるのに必死になってきて
亭主の浮気くらいでいちいち泣いていられなくなっただけ…。
不況が進み、そのうち日本中が生きることすら大変な時代になると
浮気だ不倫だとのんきに騒いではいられなくなるでしょう。
亭主がよその女と寝たのを知った女房が
「それでいくらもらった」とたずねる時代が来るかもしれません。
浮気や不倫で悩むのはゼイタクとなる日が来るかもしれません。
愛情や誠実よりも、今夜の食事を確保したい時代が
すぐそこまで来ているのです。
そんなご時勢に多角経営!
しかもエステ!
こんな人口の少ない田舎で!
…チャレンジャーじゃん…
だまされているに違いありません。
「わかったわよ!」
友人は、ご主人からいろいろ聞いてくれました。
店主は、市外在住の女性の名前。
バックは聞いたことのない化粧品メーカー。
夫の会社が一部出資する予定だと話していたそうです。
店の場所もおよそ決まっているそうです。
「でも大丈夫。うちの主人はまだ問い合わせに答えているだけの段階よ。
悪いけど、主人もちょっと疑ってたみたい」
私は夫の実家へ急行しました。
2階の一室に入ると、出るわ出るわ…
消えたスーツを始め、化粧品の各種パンフレット
販促用のサンプルが詰まった段ボール…。
この男は昔から、私に見られて困るものは
こうして実家へ隠す習慣があるのです。
「あらあら、たくさんに…」
私に付いて来た義母は、のん気に感心しています。
女の口車に乗せられ、出資を約束したものの
しょせん明日をも知れぬ貧乏会社。
家賃や開店資金を銀行で借りられないので
商工会の貸付け制度に目をつけたと思われます。
頭が悪いくせに、妙なところで妙な知恵の回るところがあるのです。
私がガイドの用件で商工会に出入りしてもらっては
出くわす怖れ、噂を聞きつける怖れが懸念されます。
それで私を商工会に行かせないようにし、作り話をして断念させたのでした。
夫が女にだまされるのは勝手です。
しかし、私のやりたいことを潰してまで
ご奉仕するのは黙認できません。
そして実は、私を激怒させた原因がもうひとつありました。
数ヶ月前から、私はその化粧品を夫経由で買わされていたのです。
…知り合いが夫婦で始めたから、付き合ってやってほしい…。
私も知っている人だったので、快く了解しました。
夫婦で転職…大変だろうけど頑張ってね…という気持ちで
私はすっかり善人気取りでした。
許さん…
夫の幼稚な真剣さは、幼稚ゆえに被害を拡大させる威力が充分にあります。
私のみならず、すでに商工会の友人
店を出す予定のビルのオーナーを巻き込んでいます。
会社は、すでに子供の代に向かって動き始めています。
今よその女にだまされて、金はおろか信用まで失うわけにはいきません。
スーツが何着も必要だったところを見ると
夫はすでにこの商売に深く入り込んでいる気がしました。
パンフレットの中に大量の「パーティー券」を見つけたからです。
とうに過ぎた日付のものから
少し先の日付のものまでありました。
知り合いに配れと言われて持ち帰ったものの
配れないまま放り込んだ…という感じ。
この券を配っては人を集める商法のようでした。
女は、パーティーという単語に弱いのです。
お父ちゃんの服を着込んでは、こんな所へ行ってたんだ…
お~の~れ~!どうしてくれよう…
父の服を使ったのが、最終的な導火線になりました。
パーティーとやらは、明後日の日付。
行っちゃる…
私には、今まで無かったものがありました。
それは「ヒマ」です。
午後6時に合わせ、私は車で1時間かけて会場へ行きました。
いきなり行って入れてくれるかどうかわかりませんでしたが
ダメなら入り口でわめいて
素敵な雰囲気にしてやろうと思っていました。
知らない土地なら、何だってできるわい…
「○○○ス・パーティー受付」
そう書いてある紙を貼った机で取りすましている若い女に券を出すと
すんなり会場へ入れてくれました。
安ホテルの会場は人かげもまばら…
と思っていたら、本当の会場はもうひとつ奥の部屋でした。
来た者はまずテーブルに座って、住所氏名などを書くようです。
たくさん書かなければならない項目がありました。