部屋にはすでに数人の先客があり
頭の軽そうな若い男の指導のもと
渡された紙に真剣な表情で記入を始めていました。
住所、氏名、年齢、職業…。
「あ、ここから下は任意です。書き込める所だけお願いしますね」
「書き込める所だけ…」というのがミソです。
あくまで本人が書きたくて書いた状況を作るのです。
男は勉強を見る教師のように、腕を後ろで組んでかがみ込みます。
家族構成、配偶者の勤務先と職種、所帯年収、資産…。
隣に座った私と同年代らしい上品そうな女性が何か書くたびに
「ご主人はお医者様ですか?すごい~」
「ほぅ~!そんなに!」
男はわざとらしく感嘆の声を挙げます。
その医師夫人を連れて来たらしき世話好きそうなおばさんも
「そうよ~!セレブでいらっしゃるのよ~!」
と、得意そうです。
それに触発されたのか、反対側の横で書いていた仕事帰りらしきおばさん。
夫の職種を「会社員」から「管理職」に変え
空欄だった年収を1千万と記入しました。
「管理職ですか~!」
と声をかけてもらって、とても満足そうです。
私が任意の所へは何も書かずに提出しようとすると
「あれ?これだけですか?」
男はさも残念そうに言います。
「出来れば、もうちょっと書いてほしいなぁ~…なんて…」
そんなに書いてほしけりゃ書いたるわい…
夫の職業や年収までは正直に書きました。
「資産」…そうねぇ…
私は「資産」の字に斜線を引いて、横に「負債」と書き入れました。
銀行に1億、商工ローンに2千万、消費者金融も8百万にしとくか…。
こんなのを真面目に書くやつはアホです。
男は何も言わずに受け取りました。
あきらかにヒイています。
うっしっし
案内されて宴会場に進むと、すでに30人くらいの客がいました。
皇居にでも招かれたのかというほどの正装をした者
昔なつかし一張羅を引っ張り出してきた者
かといえば、ジーンズにトレーナーでエプロンだけ外して来たような人など
見るだけでも面白い千差万別状態です。
30代から50代の、いずれも女性でした。
3つのテーブルには、それぞれ駄菓子とサンドイッチ…。
胸に名札をつけた社員らしき若い男女が6、7人
テーブルを回っては、しきりにお辞儀をしたり笑わせたりと忙しそうです。
飲み物や、ひからびかけたサンドイッチを勧められましたが、断りました。
盗っ人一味のほどこしは受けん!
やがて食べ物が片付けられ、第2部とやらが始まりました。
こいつがこの地区の親玉でしょうか。
真っ白なスーツを着た、先生と呼ばれる派手なおばさんが紹介され
演台に上がって「お話」が始まりました。
最初にどこぞでパクってきたらしき
GNPの低下、雇用問題、経済危機などを集めたダイジェストビデオ。
「皆さん、これから世界はどんどん深刻な不況へと陥って参ります。
その時、我々女性はどう行動するか。
家庭があっても無くても、節約だけでは無理な時代に突入するのです。
守りから攻めに転向し、大事な家族を守りましょう」
「真の幸福とは、お金と健康と愛、この3つを手に入れて
生涯のがさないことなんです!」
ここに来ている人たちは、すでにどっぷりつかっている者と
初心者とがいるようです。
どっぷり派は、涙を流さんばかりにいちいちうなづき
「その通り!」などと声をかけます。
始めに厳しい時代を強調して不安感をあおり
合間で身近な話や人情話でほろりとさせ
シメは「これに入るとこんなに素晴らしい人生が待っている」。
選ばれた者だけに与えられる現世利益の数々…。
これがピンとこない者は、バカ…。
裸の王様大量生産…
自分にだけは神風が吹く…と思い込ませる手口。
マルチも宗教も、勧誘の仕方は同じです。
そして使い古された殺し文句。
「チャンスの神様には前髪しかありません。
つかみ損ねるともう二度と会えないんです!」
不思議な話です。
自分の後ろ髪ひとつ生やせない神様が、人の幸せを左右できるのでしょうか。
後ろがつるッパゲの神様なんか、会いとうないわい。
気持ちの悪い…
この集団は、まず求めやすい価格の化粧品や健康食品で顧客をつかみ
その中で資金や才覚のある者には
まず目標である「エステサロン」を開くようそそのかし
そこを拠点にさらなる顧客拡大を目指すシステムのようでした。
その最終目的は、エステに使用する高額な美容機器と
エステ客のみに使うという高額化粧品の大量仕入れ
それにサロンを開いた者だけが優待で受講できるという
メーカー直営のエステスクールのトリプル利益です。
エステに来ない客には
引き続き販売用の化粧品や健康食品で取りこぼし無し。
もちろん、顧客を増やすほど仕入れが安くなるというマルチの香りもしっかり。
「喜んでいただきながらお金の入ってくる、不況に強い最高のビジネスです」
ほんとにそうなら、人に言わずにおまえだけでやれ…
やがて第3部…この半期、頑張った人たちの表彰です。
それぞれ、活動地域や売り上げなどをアナウンスされながら
しずしずと舞台に上がります。
ここで私は、座っていた椅子からずり落ちそうになりました。
私の住む町で、今度そのサロンとやらを開くことになったという女性が
登場したからです。
頭の軽そうな若い男の指導のもと
渡された紙に真剣な表情で記入を始めていました。
住所、氏名、年齢、職業…。
「あ、ここから下は任意です。書き込める所だけお願いしますね」
「書き込める所だけ…」というのがミソです。
あくまで本人が書きたくて書いた状況を作るのです。
男は勉強を見る教師のように、腕を後ろで組んでかがみ込みます。
家族構成、配偶者の勤務先と職種、所帯年収、資産…。
隣に座った私と同年代らしい上品そうな女性が何か書くたびに
「ご主人はお医者様ですか?すごい~」
「ほぅ~!そんなに!」
男はわざとらしく感嘆の声を挙げます。
その医師夫人を連れて来たらしき世話好きそうなおばさんも
「そうよ~!セレブでいらっしゃるのよ~!」
と、得意そうです。
それに触発されたのか、反対側の横で書いていた仕事帰りらしきおばさん。
夫の職種を「会社員」から「管理職」に変え
空欄だった年収を1千万と記入しました。
「管理職ですか~!」
と声をかけてもらって、とても満足そうです。
私が任意の所へは何も書かずに提出しようとすると
「あれ?これだけですか?」
男はさも残念そうに言います。
「出来れば、もうちょっと書いてほしいなぁ~…なんて…」
そんなに書いてほしけりゃ書いたるわい…
夫の職業や年収までは正直に書きました。
「資産」…そうねぇ…
私は「資産」の字に斜線を引いて、横に「負債」と書き入れました。
銀行に1億、商工ローンに2千万、消費者金融も8百万にしとくか…。
こんなのを真面目に書くやつはアホです。
男は何も言わずに受け取りました。
あきらかにヒイています。
うっしっし
案内されて宴会場に進むと、すでに30人くらいの客がいました。
皇居にでも招かれたのかというほどの正装をした者
昔なつかし一張羅を引っ張り出してきた者
かといえば、ジーンズにトレーナーでエプロンだけ外して来たような人など
見るだけでも面白い千差万別状態です。
30代から50代の、いずれも女性でした。
3つのテーブルには、それぞれ駄菓子とサンドイッチ…。
胸に名札をつけた社員らしき若い男女が6、7人
テーブルを回っては、しきりにお辞儀をしたり笑わせたりと忙しそうです。
飲み物や、ひからびかけたサンドイッチを勧められましたが、断りました。
盗っ人一味のほどこしは受けん!
やがて食べ物が片付けられ、第2部とやらが始まりました。
こいつがこの地区の親玉でしょうか。
真っ白なスーツを着た、先生と呼ばれる派手なおばさんが紹介され
演台に上がって「お話」が始まりました。
最初にどこぞでパクってきたらしき
GNPの低下、雇用問題、経済危機などを集めたダイジェストビデオ。
「皆さん、これから世界はどんどん深刻な不況へと陥って参ります。
その時、我々女性はどう行動するか。
家庭があっても無くても、節約だけでは無理な時代に突入するのです。
守りから攻めに転向し、大事な家族を守りましょう」
「真の幸福とは、お金と健康と愛、この3つを手に入れて
生涯のがさないことなんです!」
ここに来ている人たちは、すでにどっぷりつかっている者と
初心者とがいるようです。
どっぷり派は、涙を流さんばかりにいちいちうなづき
「その通り!」などと声をかけます。
始めに厳しい時代を強調して不安感をあおり
合間で身近な話や人情話でほろりとさせ
シメは「これに入るとこんなに素晴らしい人生が待っている」。
選ばれた者だけに与えられる現世利益の数々…。
これがピンとこない者は、バカ…。
裸の王様大量生産…
自分にだけは神風が吹く…と思い込ませる手口。
マルチも宗教も、勧誘の仕方は同じです。
そして使い古された殺し文句。
「チャンスの神様には前髪しかありません。
つかみ損ねるともう二度と会えないんです!」
不思議な話です。
自分の後ろ髪ひとつ生やせない神様が、人の幸せを左右できるのでしょうか。
後ろがつるッパゲの神様なんか、会いとうないわい。
気持ちの悪い…
この集団は、まず求めやすい価格の化粧品や健康食品で顧客をつかみ
その中で資金や才覚のある者には
まず目標である「エステサロン」を開くようそそのかし
そこを拠点にさらなる顧客拡大を目指すシステムのようでした。
その最終目的は、エステに使用する高額な美容機器と
エステ客のみに使うという高額化粧品の大量仕入れ
それにサロンを開いた者だけが優待で受講できるという
メーカー直営のエステスクールのトリプル利益です。
エステに来ない客には
引き続き販売用の化粧品や健康食品で取りこぼし無し。
もちろん、顧客を増やすほど仕入れが安くなるというマルチの香りもしっかり。
「喜んでいただきながらお金の入ってくる、不況に強い最高のビジネスです」
ほんとにそうなら、人に言わずにおまえだけでやれ…
やがて第3部…この半期、頑張った人たちの表彰です。
それぞれ、活動地域や売り上げなどをアナウンスされながら
しずしずと舞台に上がります。
ここで私は、座っていた椅子からずり落ちそうになりました。
私の住む町で、今度そのサロンとやらを開くことになったという女性が
登場したからです。