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最初からこの事件に興味があったわけではありません。
昭和初期~昭和20年までの「暴走の元は何?」といのがスタートで、
それに関連する「特高(特別高等警察)」、「日本共産党史」で
その「激動の昭和史」を知る為には「日清・日露戦争」はたまた「明治維新」まで
遡らないと、なにが「真相・原因」なのか掴めないし、
「人間は歴史を辿らないと先を予想することが出来ない」という出来の悪い生き物です。
そんなことから、「歴史家=未来学者」と思っています。
まっ、本線から外れましたが、今回は「盧溝橋事件から支那事変(日中戦争)」の発端。
いろいろ書物を読んだり取り寄せたりして、自分なりの分析をする未だ過程ですが・・・
問題は「盧溝橋付近での日本軍の軍事演習中で中国陣営側からの発砲」と、
「その後の日本政府の対応が『戦線不拡大』の閣議決定から『戦線拡大』への転換」
「戦線不拡大の閣議決定での杉山陸相の戦線拡大の発言の却下から、一転、日中全面戦争へ」
これは、「二・二六事件」での陸軍省内及び政権への影響力の増大。
また事件により統制派による皇道派の「粛正・左遷」。
まぁ、複雑なように見えますが、今の政局によく見られる。
「看過気質」。
日中戦争勃発は、数々の謎が今でもあるのですが、最初の「中国陣営からの発砲」も
「実弾音」では無く「空砲音」であったという証言もあり、
また、最初の発砲(空砲?)のあと、日中両陣営の折衝で「事態の両軍の共通の認識」と、
「両陣営の後退」を申し合わせてはいたのだが、
中国陣営の後退が見られず、さらに発砲が止まなかったことで、
日本軍は対抗処置として、中国軍が駐留していた城内への進軍をして、
その日本軍の状況をみて、緊急閣議を開き「戦線拡大・不拡大」の中で
「増援も戦線拡大もならず」という閣議決定が出た。
未だに問題なのは、「最初の発砲は誰によってされたのか?」
当時の盧溝橋付近では頻繁にゲリラ兵らによる発砲が日本軍陣営にあり、
相当に焦燥感を募らせていたらしい。
それに乗じての「盧溝橋事件」での発砲が
「中国陣営から」なのか、「日本軍の自作自演からの戦線拡大」なのか、
「ゲリラによる発砲」なのか、今となってはそれを問うこともナンセンスかもしれない。
でも知りたい・・・
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