郎女迷々日録 幕末東西

薩摩、長州、幕府、新撰組などなど。仏英を主に幕末の欧州にも話は及びます。たまには観劇、映画、読書、旅行の感想も。

桐野利秋とアラビア馬

2005年11月27日 | 桐野利秋
私の幕末好きは、桐野利秋と土方歳三にはじまりました。やはり、男は容姿です。
土方歳三には昔からファンが多く、詳細に調べつくされていますので、他人様が調べたものを読ませていただいただけなのですが、桐野利秋については、当時はろくにまとまった研究書がなかったものですから、今回のモンブラン伯以上に、熱心に調べてまわりました。
そのころ仲間が欲しくて、まだネットはなかったものですから、歴史雑誌などで、素人の幕末愛好会をさがしたんですが、なぜかこれが、新撰組と龍馬と長州しかないんですね。なぜに薩摩はないのか、と思いつつ、龍馬会じゃ仕方がないですし、新撰組は熱狂的すぎて怖いですし、こつこつ調べもの好きがいるのは長州系だけなので、長州好き幕末ファンの知り合いが、けっこうできました。
今はどうなのか知りませんが、新撰組好きと長州好きには女性が多く、なぜか女性ファンはお墓参りが好きです。お墓参りだけならばまだわかるのですが、なぜか彼女たちは、寄せ書きノートを作るのが好きだったんです。お墓にそのままノートを置いておくと、雨に濡れるので、クッキーの空き缶や大きめのタッパーなどに入れて置くわけなんです。
知り合いから聞いた話なんですが、土方歳三のお墓の前なぞ、そのノート置き場ぶんどり合戦で、火花が散る状態だったのだとか。

えーと、話がそれてしまいました。桐野利秋とアラビア馬です。
大正十年発行、有馬藤太の『維新史の片鱗』、流山で新撰組の近藤勇捕縛した経緯が書かれていることで有名な本なのですが、この後書きに、「立派な功績が他の人の事績になっていたり」する例として、以下の一行があるんです。

「桐野とアラビア馬」が「大西郷の妾」と化し(大正八年十一月発行ポケット)


アラビア馬って、おそらく、ナポレオン三世が将軍に贈ったアラビア馬です。幕末も押し詰まったころ、蚕種のお返しとして、馬匹改良のアラブ26頭がフランスから来たのですが、なにしろ格好の良いアラブですから、幕臣が乗馬用にしちゃったりしまして、そこへ維新の騒動で、その多くが行方不明になったんですね。
で、もしかすると桐野は、ナポレオン三世のアラビア馬にかかわっていたのか、と思うのですが、「桐野利秋とアラビア馬」という記事、それに関した古書をご存じでしたら、どうぞ、ご教授のほどを。

今回の幕末物語に桐野が関係するのか、といえば、桐野利秋と土方歳三は、もちろん登場します。登場させなければ、書く楽しみがなくなるではありませんか。
コメント (7)
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