◆ 甘利明元大臣、テレ東取材を中断し提訴
「日本は終わりだ。もう私の知ったことではない」 | ビジネスジャーナル
文=上田眞実/ジャーナリスト
2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の刑事責任を問うため、2月29日に検察審査会が旧東電役員の勝俣恒久氏(75)ら3人を、業務上過失致死傷罪で強制起訴に踏み切った。
東京地裁での裁判の争点は、被告である東電役員が「原発事故を予測できたか」だ。事故が予測不能と証明されれば、刑事責任は問われず、3人は無罪になる可能性があるということだ。
しかし、今を去ること10年前、大震災による原発事故の被害予測が第一次安倍内閣で質疑されていた。共産党の吉井英勝氏が作成した「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」(以下、質問主意書)だ。
吉井氏はこれを2006年12月13日に国会へ提出、国会質疑に使った。
吉井氏は安倍首相に「原発運転中に冷却不十分となると燃料棒が破損した場合、放射能汚染の規模がどのようなものになるのかを評価しているのか」など、実際に11年の東日本大震災直後に起きた福島原発事故を予測した質問を投げかけている。
その時、安倍首相は原発行政の最高責任者として、「経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである」と答えている。
しかし、福島原発事故では津波と地震被害により、全電源喪失という事態を招いた。それにより、原子炉内部や核燃料プールへの送水ができなくなり、核燃料の溶融が発生し、これを冷却するために水や空気の重大な放射線汚染被害を引き起こした。それは今もなお継続されており、終息の目処はたってはいない。
この時の国会に原発行政の責任者がもう一人座っていた。それは当時経産大臣だった甘利明氏である。
甘利氏は今年1月末に建設業者から工事の口利きの見返りとして計100万円を2回にわたって大臣室で受け取っていたことを認め、経済再生担当大臣を辞任した。そして野党のさらなる追及を避けるかのように、「睡眠障害」の診断書を衆院議院運営委員会理事会に提出し、国会から姿を消した。
◆ 原発スラップ訴訟
そんな甘利氏が以前、テレビ東京と同局の報道記者3名を相手取り、名誉毀損で裁判を起こしていた事実はあまり知られていない。
これは、11年6月18日に放送されたテレ東の報道番組『田勢康弘の週刊ニュース新書』(以下、『週刊ニュース新書』)に対してで、甘利氏のいう名誉毀損とは、「取材拒否したことの象徴として空席になった自分の椅子を映した」ことなのだ。
しかも取材拒否の原因は「経産大臣だった時の原発事故安全管理の怠り、を問われたこと」だ。つまり、この裁判は政治家が法の力を借りて報道機関への口封じを目的とした「原発スラップ訴訟」だったのだ。
12年8月28日に東京地裁で行われた証人尋問で、甘利氏のとんでもない暴言が暴露された。
テレビ局とともに訴えられたA記者は、取材中に甘利氏から「甘利氏はしまいには日本なんてどうなってもいい、俺の知ったこっちゃない!と言い出しました!」と言われたことを訴えた。その瞬間、傍聴席は失笑と舌打ちに包まれた。
政治家が堂々と報道機関を訴えたこの裁判の発端はなんなのか――。
◆ 取材拒否の空席を映したら名誉毀損
原発事故の記憶も生々しい11年の6月、『週刊ニュース新書』で原発事故問題を取り上げる企画が持ち上がった。
「東日本大震災による原発事故後、政治家が事故が起きるまでにどのような安全対策を行ってきたのか?」という「原発と政治家」を検証するのが目的だ。
そこでA記者は、自民党の有力な原発推進派で第一次安倍内閣の経済産業大臣を二期務めた甘利明氏に対して取材を試みた。
A記者は吉井氏が作成した「質問主意書」を示して「今後の原発政策のあるべき姿」を質問し、津波被害の想定に誤りがあったのではないかという問題について取材を進め、「それまで津波に備えよという指摘はなかった」と答えた甘利氏はA記者から「指摘はされていた」と切り返され、それを認めるとその後言葉に詰まり、隣室に姿を消した。取材をボイコットしたのである。
隣室に呼ばれたA記者は甘利氏から「取材の録音テープを消せ、番組を放送するな」と言われ膠着。仕方なく番組は甘利氏が取材を拒否したことの象徴として「取材は中断となりました」とナレーションを入れ「空席」を映した。これが甘利氏がテレビ東京とA記者を含む番組関係者を訴えた理由だ。
この番組は11年6月18日、『震災100日 政治は何をしているか』と『原発と自民党 その功罪』をテーマとして放送された。
甘利氏は「空席」が映されたのを見て激怒。「名誉毀損だ、訂正放送を入れろ」とテレビ東京にねじ込んだ。
これを受けて『週刊ニュース新書』は翌週25日の放送で甘利氏に謝罪した。アナウンサーが「甘利明氏にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」と深々頭を下げた。だが、事はこれで済まなかった。
これがスラップ訴訟の始まりだったのである。
甘利氏は11年6月末、テレビ東京と番組の取材記者、キャスター、プロデューサーを名誉毀損で提訴した。損害賠償請求金額は合計1100万円だった。
「大臣なんて細かいことなんてわかるはずない」
この裁判で明かされた甘利氏の暴言の数々を見てみよう。いずれも、A記者に「取材は認めない、テープを消せ」と問答になった時の台詞だ。
◆ 原発事故の報道検証
なぜ福島原発事故が起きたのか、報道による検証作業が必要だ。二度と同じ悲劇を繰り返さないための教訓を得るには、事故をさまざまな角度から正確に記録することが求められる。
甘利氏は原発の安全を担う経産大臣を二期務めた。その立場から記者に言えることもあるだろう。その証言は、今後の改善策にとって貴重な資料となるはずだ。
しかし、甘利氏はその政治的責任を受け止めることなく、反省点と改善点を聞き出そうとしたテレビ東京と報道関係者を提訴した。このような自己保身に奔走する議員の言動が、原発のある地域の生命・暮らしを左右していたのは、なんとも不幸な事態といえよう。
スラップ訴訟は、企業や政府など強者が恫喝や発言封じなどを目的に弱者に起こす。
傍聴して裁判記録を見るかぎり、甘利氏の攻撃は番組よりも記者個人に向けられていた。裁判当時、下野していた甘利氏は、民主党が倒れ政権交替した時に再び大臣に返り咲くためにも、「自民党の原発政策安全対策の怠慢」という「負の遺産」にメスを入れた報道記者に牙を剥いたのだろう。
その結果、東京地裁(都築政則裁判長)は13年1月29日、甘利氏の訴えを一部認める判決を下し、「恣意的な編集があった」として330万円の支払いをテレビ東京側に命じた。記者とプロデューサーは報道制作担当を外され、異動になった。
この裁判が報道関係者に与えた衝撃は大きい。何しろ、政治家が原発事故の責任追及の編集に少しでも瑕疵があると、高額の損害賠償を吹っかけるのだ。企画段階で二の足を踏むか、取材の足も竦むだろう。
吉井氏の「質問主意書」は大震災後に原発事故被害を危惧した「予言の書」であったのに、メディアに取り上げられることはなくなった。
しかも政治家が報道機関を訴えたというのに、この裁判を詳報した新聞・テレビはなかったのだ。甘利氏は「原発事故の政治家への責任追及」という「報道熱」に「冷却水」をかけることに成功したのだ。
今月11日で福島原発事故は5年目を迎える。現在も原子炉建屋に流れ込んだ地下水が一日当たり300トンずつ汚染水となって増え続けており、事故現場では廃炉作業員の不足問題も発生している。日本にある54基の原発はすべて自民党の主導により、国策として進められてきた。
原発行政の責任はすべて自民党にあるのは明白だ。福島原発事故の行政責任は、東電旧役員にだけあるのだろうか。国会で自然災害への備えを警告されながら、取り組みを検討すらしなかった政治家の罪は重い。
(文=上田眞実/ジャーナリスト)
『ビジネスジャーナル』(2016.03.09)
http://biz-journal.jp/2016/03/post_14149.html
「日本は終わりだ。もう私の知ったことではない」 | ビジネスジャーナル
文=上田眞実/ジャーナリスト
2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故の刑事責任を問うため、2月29日に検察審査会が旧東電役員の勝俣恒久氏(75)ら3人を、業務上過失致死傷罪で強制起訴に踏み切った。
東京地裁での裁判の争点は、被告である東電役員が「原発事故を予測できたか」だ。事故が予測不能と証明されれば、刑事責任は問われず、3人は無罪になる可能性があるということだ。
しかし、今を去ること10年前、大震災による原発事故の被害予測が第一次安倍内閣で質疑されていた。共産党の吉井英勝氏が作成した「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」(以下、質問主意書)だ。
吉井氏はこれを2006年12月13日に国会へ提出、国会質疑に使った。
吉井氏は安倍首相に「原発運転中に冷却不十分となると燃料棒が破損した場合、放射能汚染の規模がどのようなものになるのかを評価しているのか」など、実際に11年の東日本大震災直後に起きた福島原発事故を予測した質問を投げかけている。
その時、安倍首相は原発行政の最高責任者として、「経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである」と答えている。
しかし、福島原発事故では津波と地震被害により、全電源喪失という事態を招いた。それにより、原子炉内部や核燃料プールへの送水ができなくなり、核燃料の溶融が発生し、これを冷却するために水や空気の重大な放射線汚染被害を引き起こした。それは今もなお継続されており、終息の目処はたってはいない。
この時の国会に原発行政の責任者がもう一人座っていた。それは当時経産大臣だった甘利明氏である。
甘利氏は今年1月末に建設業者から工事の口利きの見返りとして計100万円を2回にわたって大臣室で受け取っていたことを認め、経済再生担当大臣を辞任した。そして野党のさらなる追及を避けるかのように、「睡眠障害」の診断書を衆院議院運営委員会理事会に提出し、国会から姿を消した。
◆ 原発スラップ訴訟
そんな甘利氏が以前、テレビ東京と同局の報道記者3名を相手取り、名誉毀損で裁判を起こしていた事実はあまり知られていない。
これは、11年6月18日に放送されたテレ東の報道番組『田勢康弘の週刊ニュース新書』(以下、『週刊ニュース新書』)に対してで、甘利氏のいう名誉毀損とは、「取材拒否したことの象徴として空席になった自分の椅子を映した」ことなのだ。
しかも取材拒否の原因は「経産大臣だった時の原発事故安全管理の怠り、を問われたこと」だ。つまり、この裁判は政治家が法の力を借りて報道機関への口封じを目的とした「原発スラップ訴訟」だったのだ。
12年8月28日に東京地裁で行われた証人尋問で、甘利氏のとんでもない暴言が暴露された。
テレビ局とともに訴えられたA記者は、取材中に甘利氏から「甘利氏はしまいには日本なんてどうなってもいい、俺の知ったこっちゃない!と言い出しました!」と言われたことを訴えた。その瞬間、傍聴席は失笑と舌打ちに包まれた。
政治家が堂々と報道機関を訴えたこの裁判の発端はなんなのか――。
◆ 取材拒否の空席を映したら名誉毀損
原発事故の記憶も生々しい11年の6月、『週刊ニュース新書』で原発事故問題を取り上げる企画が持ち上がった。
「東日本大震災による原発事故後、政治家が事故が起きるまでにどのような安全対策を行ってきたのか?」という「原発と政治家」を検証するのが目的だ。
そこでA記者は、自民党の有力な原発推進派で第一次安倍内閣の経済産業大臣を二期務めた甘利明氏に対して取材を試みた。
A記者は吉井氏が作成した「質問主意書」を示して「今後の原発政策のあるべき姿」を質問し、津波被害の想定に誤りがあったのではないかという問題について取材を進め、「それまで津波に備えよという指摘はなかった」と答えた甘利氏はA記者から「指摘はされていた」と切り返され、それを認めるとその後言葉に詰まり、隣室に姿を消した。取材をボイコットしたのである。
隣室に呼ばれたA記者は甘利氏から「取材の録音テープを消せ、番組を放送するな」と言われ膠着。仕方なく番組は甘利氏が取材を拒否したことの象徴として「取材は中断となりました」とナレーションを入れ「空席」を映した。これが甘利氏がテレビ東京とA記者を含む番組関係者を訴えた理由だ。
この番組は11年6月18日、『震災100日 政治は何をしているか』と『原発と自民党 その功罪』をテーマとして放送された。
甘利氏は「空席」が映されたのを見て激怒。「名誉毀損だ、訂正放送を入れろ」とテレビ東京にねじ込んだ。
これを受けて『週刊ニュース新書』は翌週25日の放送で甘利氏に謝罪した。アナウンサーが「甘利明氏にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます」と深々頭を下げた。だが、事はこれで済まなかった。
これがスラップ訴訟の始まりだったのである。
甘利氏は11年6月末、テレビ東京と番組の取材記者、キャスター、プロデューサーを名誉毀損で提訴した。損害賠償請求金額は合計1100万円だった。
「大臣なんて細かいことなんてわかるはずない」
この裁判で明かされた甘利氏の暴言の数々を見てみよう。いずれも、A記者に「取材は認めない、テープを消せ」と問答になった時の台詞だ。
「これは私を陥れるための取材だ。放送は認めない」これは、甘利氏が記者に向かって吐いた暴言のほんの一部だ。裁判が進むに連れて甘利氏の無責任体質が暴かれていき、傍聴者はため息をつくばかりだった。
「とにかく暗がりでよくわからない上にうろ覚えで言った言葉をカメラでしっかり撮っていたじゃないか。それを消せと言っている」
「(テープを)消さないと放送するにきまっている。流されたら大変なことになる。あなたも一回そういう目に遭ったほうが良い。誹謗中傷されたらどんなに辛いか」
「自分には家族がある」
「こんなもんが放送されたら自分の政治生命は終わりだ」
「原発事故の責任を押し付けられたら、たまったもんじゃない!」
「私には肖像権がある。取材を受けた人間が流すなと言っている。放送は認められない」
「何度も言うが、原子力安全委員会が安全基準を決める。彼らが決めた基準を経済産業省は事業者に伝えるだけ。安全委員会は地震や津波のプロが集まってる組織。そこが決めてるんだ」
「大臣なんて細かいことなんてわかるはずないし、そんな権限がないことくらい君もわかってるだろう。答弁書だって閣議前の2分間かそこらで説明を受けるだけだ」
「原発は全部止まる。企業はどんどん海外へ出て行く。もう日本は終わりだ。落ちる所まで落ちれば良い。マスコミだって同じだ。お宅も潰れないとわからないもんだ。もう私の知ったことではない」
◆ 原発事故の報道検証
なぜ福島原発事故が起きたのか、報道による検証作業が必要だ。二度と同じ悲劇を繰り返さないための教訓を得るには、事故をさまざまな角度から正確に記録することが求められる。
甘利氏は原発の安全を担う経産大臣を二期務めた。その立場から記者に言えることもあるだろう。その証言は、今後の改善策にとって貴重な資料となるはずだ。
しかし、甘利氏はその政治的責任を受け止めることなく、反省点と改善点を聞き出そうとしたテレビ東京と報道関係者を提訴した。このような自己保身に奔走する議員の言動が、原発のある地域の生命・暮らしを左右していたのは、なんとも不幸な事態といえよう。
スラップ訴訟は、企業や政府など強者が恫喝や発言封じなどを目的に弱者に起こす。
傍聴して裁判記録を見るかぎり、甘利氏の攻撃は番組よりも記者個人に向けられていた。裁判当時、下野していた甘利氏は、民主党が倒れ政権交替した時に再び大臣に返り咲くためにも、「自民党の原発政策安全対策の怠慢」という「負の遺産」にメスを入れた報道記者に牙を剥いたのだろう。
その結果、東京地裁(都築政則裁判長)は13年1月29日、甘利氏の訴えを一部認める判決を下し、「恣意的な編集があった」として330万円の支払いをテレビ東京側に命じた。記者とプロデューサーは報道制作担当を外され、異動になった。
この裁判が報道関係者に与えた衝撃は大きい。何しろ、政治家が原発事故の責任追及の編集に少しでも瑕疵があると、高額の損害賠償を吹っかけるのだ。企画段階で二の足を踏むか、取材の足も竦むだろう。
吉井氏の「質問主意書」は大震災後に原発事故被害を危惧した「予言の書」であったのに、メディアに取り上げられることはなくなった。
しかも政治家が報道機関を訴えたというのに、この裁判を詳報した新聞・テレビはなかったのだ。甘利氏は「原発事故の政治家への責任追及」という「報道熱」に「冷却水」をかけることに成功したのだ。
今月11日で福島原発事故は5年目を迎える。現在も原子炉建屋に流れ込んだ地下水が一日当たり300トンずつ汚染水となって増え続けており、事故現場では廃炉作業員の不足問題も発生している。日本にある54基の原発はすべて自民党の主導により、国策として進められてきた。
原発行政の責任はすべて自民党にあるのは明白だ。福島原発事故の行政責任は、東電旧役員にだけあるのだろうか。国会で自然災害への備えを警告されながら、取り組みを検討すらしなかった政治家の罪は重い。
(文=上田眞実/ジャーナリスト)
『ビジネスジャーナル』(2016.03.09)
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