◆ 多感な子どもの心を抑えこむ「道徳」教科書
~「アンガーマネジメント」を考える (教科書ネット)
◆ 「怒りの温度計」
新聞に「怒りと付き合う」という記事が載った(2018年7月15日より毎週連載、朝日新聞)。
「日常生活を送るなかで、イライラする気持ちが抑えきれなくなったり、必要以上に怒ったりしてしまって、後悔した経験はありませんか?思い当たる方には、『アンガーマネジメント』を採り入れてほしいと思います」とある。
そして、「カッとなってしまったときのポイント」として、「まずは6秒間待ってみる」「深呼吸をしてみる」「目薬をさしてみる」「好きな場所や食べ物のことを思い出す」「丁寧で穏やかな言葉を使うように意識する」などと続く。
はて、どこかで見たようなと記憶をたどって中学校道徳教科書を開くと、学研教育みらい2年の「蹴り続けたボール」という題材の後ろに、「怒りの温度計」というのが載っていた。
この題材自体は、サッカーの長谷部選手が浦和レッズに加入したばかりの頃に2軍のメンバーに選ばれて、初めての試合に臨んで意気込んでいたにもかかわらず、出場させてもらえなかった時の悔しさと自分への怒りを綴った手記で、今は第一線で活躍しているサッカー選手の若い頃の苦労を描いたものである。
この題材の後に、編集部が作った「クローズアップ・プラス」というページがあり、そこに「怒りの温度計」が書かれている。
「怒りには強さの度合いがあります。怒りの強さを温度で表すと、その温度によってあなたの態度はどのように違いますか。書いてみましょう」とあって、10段階の「怒りの温度」の該当する欄に「怒りを表す態度」を記入するようになっている。
◆ アンガーマネジメント
このページには資料の出典として「一般社団法人日本アンガーマネジメント協会」と記されており、学研の道徳教科書では1年から3年までどの学年にも同じ「出典:日本アンガーマネジメント協会」と記されたページがある。
1年の教科書では、「ふと目の前に」という森繁久彌が書いた文章の後に、「怒ったときのこと」として「自分の怒りについて、見つめて書いてみましょう」「いつ、どんなことがあったのか」「そのときどうしたのか」「本当はどうしてほしかったのか」「そのとき、どんな気持ちになったのか」を書き込むようになっている。
3年では「五井先生と太郎」という題材の後に、「怒りのプロフィール帳」として「怒ったときに言ってしまうこと」「怒ったときの顔」「怒ったときにしてしまうこと」「怒ったときに触ると落ち着くもの」「怒ったときに自分をコントロールする方法」を書くようになっていて、いずれも「出典:一般社団法人日本アンガーマネジメント協会」という言葉が添えられている。
◆ 「怒らせている原因は自分の中にある」
先に紹介した「怒りと付き合う」の新聞記事には、日本アンガーマネジメント協会代表者の次のような解説が書かれている。
「アンガーマネジメントは、1970年代に米国で生まれたとされる心のトレーニングのこと。その名の通り、『アンガー』(怒りの感情)をマネジメント(上手につきあう)することを目指すもの」。
この日本アンガーマネジメント協会についてもう少し調べてみると、「企業研修、医療福祉、青少年教育、人間関係のカウンセリング、アスリートのメンタルトレーニングなどの分野で幅広くアンガーマネジメントは活用」されていること、「その中でも企業研修の需要は高く、多くの企業でアンガーマネジメント研修が導入」され、そこでは「管理職研修、コミュニケーション研修、パワハラ研修、メンタルヘルス研修」等がテーマになっていることが紹介されている(同協会のHPより)。
その中で、「協会の理念」として次の言葉が書かれている。
「今まで、あなたは自分を怒らせる原因は全て外にあると考えていました。ところが本当に自分を怒らせている原因は自分の中にあったのです。…自分の中に自分を怒らせる原因があるからこそ、自分の感情を全て自分で選択することができます。自分がイライラするのも、しないのも、すべて自分で決められるのです」。
◆ 「生きる」の詩
ふと、6月23日の沖縄全戦没者追悼式の会場で中学3年生の相良倫子さんが朗読した詩「生きる」を思い出した。
「私は、生きている。マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、草の匂いを鼻孔に感じ、遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて…」に始まる長文の詩である。
彼女が生まれ育った美しい島・沖縄は、73年前のあの日、死の島と化した。
「小鳥のさえずりは恐怖の悲鳴に」「優しく響く三線は爆撃の轟に消え」「青く広がる大空は鉄の雨に見えなくなった」「火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、燃えつくされた民家、火薬の匂い草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、戦艦で埋め尽くされた」。
沖縄戦を生き抜いた曽祖母から聞かされた壮絶な体験を中学生のみずみずしい感性が受けとめ、それをほとばしる言葉に紡いだ。
この詩は訴える。
「戦争の無意味さを。本当の平和を。戦力という愚かな力を持つことで得られる平和など、本当は無いことを」
「私は手を強く握り、誓う。奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。もう二度と過去を未来にしないこと」。
その言葉ひとつひとつは、沖縄の人々の悲しみ、怒り、願いを体現し、聞く人の心に響いた。
◆ 「特別の教科道徳」の異様な姿
いま日本社会は、安倍政治や大企業によるウソやごまかしにまみれた理不尽な支配に対する批判や怒りが渦巻いている。思春期の多感な心も、その中でもがき苦しみ、光を見出そうとしている。
14歳の相良さんは、その怒りや悲しみを小手先の「マネジメント」で解消しようというのではなく、研ぎすました目で真っすぐに真実を見つめ、怒りの向く先を鋭く告発することで、これからを生きる自分たちがどうしたらよいかを明確な言葉で主張している。
企業研修が心理療法としての「アンガーマネジメント」を採り入れることの是非をここで言及するつもりはない。
しかし、多感な時期の中学生が、「怒らせている原因は自分の中にある」という「怒りとのつきあい方」を道徳の教科書で教えられる。これも「特別の教科道徳」の異様な姿なのではないかと思ってみたりする。
学校は科学や芸術の基礎を学び、真実を追究することを学ぶところである。
そうしたことを通して子どもたちの中に健全な批判精神や未来を展望する心も育つのだろう。
「生きる」の詩は、そのことを私たちに教えてくれている。
そして、私たちは「怒りとのつきあい方」を教えこむような教育ではなく、真実を追究し、自分の進む道を自分の言葉で語れる子どもたちを育てる、そういう教育をこそめざしたい。
「子どもと教科書全国ネット21ニュース」121号(2018.8)
~「アンガーマネジメント」を考える (教科書ネット)
小佐野正樹(こさのまさき・科学教育研究協議会)
◆ 「怒りの温度計」
新聞に「怒りと付き合う」という記事が載った(2018年7月15日より毎週連載、朝日新聞)。
「日常生活を送るなかで、イライラする気持ちが抑えきれなくなったり、必要以上に怒ったりしてしまって、後悔した経験はありませんか?思い当たる方には、『アンガーマネジメント』を採り入れてほしいと思います」とある。
そして、「カッとなってしまったときのポイント」として、「まずは6秒間待ってみる」「深呼吸をしてみる」「目薬をさしてみる」「好きな場所や食べ物のことを思い出す」「丁寧で穏やかな言葉を使うように意識する」などと続く。
はて、どこかで見たようなと記憶をたどって中学校道徳教科書を開くと、学研教育みらい2年の「蹴り続けたボール」という題材の後ろに、「怒りの温度計」というのが載っていた。
この題材自体は、サッカーの長谷部選手が浦和レッズに加入したばかりの頃に2軍のメンバーに選ばれて、初めての試合に臨んで意気込んでいたにもかかわらず、出場させてもらえなかった時の悔しさと自分への怒りを綴った手記で、今は第一線で活躍しているサッカー選手の若い頃の苦労を描いたものである。
この題材の後に、編集部が作った「クローズアップ・プラス」というページがあり、そこに「怒りの温度計」が書かれている。
「怒りには強さの度合いがあります。怒りの強さを温度で表すと、その温度によってあなたの態度はどのように違いますか。書いてみましょう」とあって、10段階の「怒りの温度」の該当する欄に「怒りを表す態度」を記入するようになっている。
◆ アンガーマネジメント
このページには資料の出典として「一般社団法人日本アンガーマネジメント協会」と記されており、学研の道徳教科書では1年から3年までどの学年にも同じ「出典:日本アンガーマネジメント協会」と記されたページがある。
1年の教科書では、「ふと目の前に」という森繁久彌が書いた文章の後に、「怒ったときのこと」として「自分の怒りについて、見つめて書いてみましょう」「いつ、どんなことがあったのか」「そのときどうしたのか」「本当はどうしてほしかったのか」「そのとき、どんな気持ちになったのか」を書き込むようになっている。
3年では「五井先生と太郎」という題材の後に、「怒りのプロフィール帳」として「怒ったときに言ってしまうこと」「怒ったときの顔」「怒ったときにしてしまうこと」「怒ったときに触ると落ち着くもの」「怒ったときに自分をコントロールする方法」を書くようになっていて、いずれも「出典:一般社団法人日本アンガーマネジメント協会」という言葉が添えられている。
◆ 「怒らせている原因は自分の中にある」
先に紹介した「怒りと付き合う」の新聞記事には、日本アンガーマネジメント協会代表者の次のような解説が書かれている。
「アンガーマネジメントは、1970年代に米国で生まれたとされる心のトレーニングのこと。その名の通り、『アンガー』(怒りの感情)をマネジメント(上手につきあう)することを目指すもの」。
この日本アンガーマネジメント協会についてもう少し調べてみると、「企業研修、医療福祉、青少年教育、人間関係のカウンセリング、アスリートのメンタルトレーニングなどの分野で幅広くアンガーマネジメントは活用」されていること、「その中でも企業研修の需要は高く、多くの企業でアンガーマネジメント研修が導入」され、そこでは「管理職研修、コミュニケーション研修、パワハラ研修、メンタルヘルス研修」等がテーマになっていることが紹介されている(同協会のHPより)。
その中で、「協会の理念」として次の言葉が書かれている。
「今まで、あなたは自分を怒らせる原因は全て外にあると考えていました。ところが本当に自分を怒らせている原因は自分の中にあったのです。…自分の中に自分を怒らせる原因があるからこそ、自分の感情を全て自分で選択することができます。自分がイライラするのも、しないのも、すべて自分で決められるのです」。
◆ 「生きる」の詩
ふと、6月23日の沖縄全戦没者追悼式の会場で中学3年生の相良倫子さんが朗読した詩「生きる」を思い出した。
「私は、生きている。マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、草の匂いを鼻孔に感じ、遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて…」に始まる長文の詩である。
彼女が生まれ育った美しい島・沖縄は、73年前のあの日、死の島と化した。
「小鳥のさえずりは恐怖の悲鳴に」「優しく響く三線は爆撃の轟に消え」「青く広がる大空は鉄の雨に見えなくなった」「火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、燃えつくされた民家、火薬の匂い草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、戦艦で埋め尽くされた」。
沖縄戦を生き抜いた曽祖母から聞かされた壮絶な体験を中学生のみずみずしい感性が受けとめ、それをほとばしる言葉に紡いだ。
この詩は訴える。
「戦争の無意味さを。本当の平和を。戦力という愚かな力を持つことで得られる平和など、本当は無いことを」
「私は手を強く握り、誓う。奪われた命に想いを馳せて、心から、誓う。私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。もう二度と過去を未来にしないこと」。
その言葉ひとつひとつは、沖縄の人々の悲しみ、怒り、願いを体現し、聞く人の心に響いた。
◆ 「特別の教科道徳」の異様な姿
いま日本社会は、安倍政治や大企業によるウソやごまかしにまみれた理不尽な支配に対する批判や怒りが渦巻いている。思春期の多感な心も、その中でもがき苦しみ、光を見出そうとしている。
14歳の相良さんは、その怒りや悲しみを小手先の「マネジメント」で解消しようというのではなく、研ぎすました目で真っすぐに真実を見つめ、怒りの向く先を鋭く告発することで、これからを生きる自分たちがどうしたらよいかを明確な言葉で主張している。
企業研修が心理療法としての「アンガーマネジメント」を採り入れることの是非をここで言及するつもりはない。
しかし、多感な時期の中学生が、「怒らせている原因は自分の中にある」という「怒りとのつきあい方」を道徳の教科書で教えられる。これも「特別の教科道徳」の異様な姿なのではないかと思ってみたりする。
学校は科学や芸術の基礎を学び、真実を追究することを学ぶところである。
そうしたことを通して子どもたちの中に健全な批判精神や未来を展望する心も育つのだろう。
「生きる」の詩は、そのことを私たちに教えてくれている。
そして、私たちは「怒りとのつきあい方」を教えこむような教育ではなく、真実を追究し、自分の進む道を自分の言葉で語れる子どもたちを育てる、そういう教育をこそめざしたい。
「子どもと教科書全国ネット21ニュース」121号(2018.8)
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