◆ 「君が代」強制訴訟 大阪高裁「違法」
元教諭・梅原さん逆転勝訴 (東京新聞【こちら特報部】)
大阪府立高校の現役教諭時代、卒業式で「君が代」を立って歌わなかったことを理由に、定年退職後の再任用を拒否された。その男性が府に損害賠償を求めた訴訟で、大阪高裁が昨年末、府教委の選考が違法だったとする判決を出した。定年後の再任用では例年、希望者がほぼ全員採用され,体罰教員も合格する中、不起立の一点で不合格にされていた。似た問題は東京にもあり、現在進行形で続いている。(石井紀代美)
◆ 「面従腹背あり得ない」
裁判宮が判決を読み終えると、静かだった法廷に拍手が湧いた。コロナで席数が限られた傍聴席を、元教員の仲間らが埋めていた。
「わー」と拍手が鳴って、うれしかったです。本当にほっとしました」。原告の府立高校元教諭、梅原聡さん(65)は、昨年暮れの逆転勝訴判決を振り返る。
二〇二〇年の一審は敗訴。「なんでまっとうな主張が通らへんのやろ」と落胆しただけに、喜びもひとしおだった。
被告の府は、三百十五万円の損害賠償の支払いを命じられた。
「日の丸・君が代」について、当初は特にこだわりがなかったと梅原さんは言う。初任地の勤務校で人権教育の担当になり、かつての日本の侵略戦争が天皇主権の象徴「日の丸・君が代」の下で行われたと学んでから、印象が変わった。
大阪の学校には在日韓国・朝鮮人の生徒も多い。「在日の生徒には精神的苦痛になるなと思いました。やはり、学校に持ち込んじゃいかんなと」
卒業式などの「君が代」斉唱が大阪で励行されだしたのは、一九九九年の国旗国歌法ができてから。当時は保護者や生徒にも不起立する人が複数いて、問題にならない時代だった。
しかし一二年の卒業式の直前、初めて起立斉唱の職務命令が校長から出された。大阪維新の会が台頭して間もない頃だ。
「面従腹背で形だけ立つ選択肢もあったかもしれない。でも、生徒には『自分の頭で考えて行動するんや』と一言ってきたので、それはあり得なかった」。
式の受付に回された一三年を挟み、一四年の卒業式も不起立した。
◆ 起立拒絶 再任用は不合格
梅原さんは一二年と一四年の不起立が問題視され、ともに戒告処分を受けた。
四種類ある懲戒処分のうち、一番軽い処分だった一方、二回目の戒告後に府教委が行った研修が忘れられない。
関係条例などを読むだけの簡易な内容だったが、最後に渡された一枚の意向確認書に胸がざわついた。
「今後、入学式や卒業式等における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令には従います」と書かれ、署名、押印を求められた。
「君が代」の強制は憲法で保障される「思想・良心の自由」の侵害にもつながると考える梅原さんは、その場では応じず、後日、文言を書き直して提出した。
「上司の職務命令には従います。ただし憲法その他の上位法規に触れると判断した場合は留保します」
それから数年たった一七年一月、二カ月後の定年退職を控え、校長室に呼ばれた。「再任用に関してお聞きします」「はいか、いいえで答えてください」と言われ、起立斉唱命令に従うか問われた。
ただ、府教委自身、生徒が就職面接の際、思想・信条に関わることを聞かれた場合は答えないよう指導する方針を掲げる。例えば、購読新聞や愛読書、尊敬する人物などの質問も入る。
「このような質問には答えないよう生徒に指導しているので、答えることはできません」。
三週間後、校長から口頭で、再任用の不合格が告げられた。
◆ 裁量権逸脱 不平等な選考
「君が代」の強制と言えば、東京都教委が石原慎太郎都政時代の二〇〇三年に出した「10・23通達」が有名。国旗に向かい、立って歌う職務命令を各校長に出させた。命令違反には懲戒処分できる地方公務員法の規定を利用し、処分を連発していった。
大阪の強制は東京より少し後。橋下徹府政になり、大阪維新の会が府議会の過半数を占めた一一年からだ。
この年、府は職員に起立斉唱を義務付ける「国旗国歌条例」を制定。一二年には同じ職務命令に三回違反すると懲戒免職にする「府職員基本条例」もつくった。一三年には橋下氏の息のかかった親しい人物が、府教育長に就任。実際に歌っているか口元を監視し、報告を求める「口元チェック通知」を出した。
この流れの中で、再任用拒否問題も起き、梅原さんは一八年二月に提訴した。
今回、大阪高裁はどう逆転勝訴判決を導いたのか。
原告代理人の谷次郎弁護士は「一つは、合格率が極めて高く、希望者のほぼ全員が採用されていたことが注目された」と説明する。
梅原さんが再任用を希望した年度は、全希望者二千五百七十九人中、不合格者はたったの四人。そのうち不起立で戒告を受けた人が二人だ。ちなみに、一四~一九年度の平均合格率は、実に99・8%にも上る。
高い採用率は、一三年度から、年金支給開始年齢を六十五歳へ段階的に引き上げることにした国の方針と関係がある。定年後の無収入状態を回避するため、年金が入るまではよっぽどのことがない限り、希望者を再任用するよう国から要請されているのだ。
◆ 府教委 体罰・校内飲酒教員は合格
加えて、おかしなことがあった。こぶしやボールペンで生徒の頭部をたたく体罰を繰り返し、梅原さんよりも重い「減給一月」を受けた教員が合格していた。別の年度では、同じく体罰で「停職六月」、酒気帯び運転で「停職三月」、校内での飲酒で「停職一月」の人まで合格していた。
校長による梅原さんの内申評価は「適」。問題視される要素は不起立以外になかった。
府教委が過去の処分歴を合否の判断材料にするにしても、不平等な取り扱いがあったと高裁は見た。そして、梅原さんを不採用にした判断は「客観的合理性や社会的相当性を著しく欠き、裁量権の逸脱濫用(らんよう)に当たる」とした。
実は再任用の合否については、採用する側の教育委員会に幅広く裁量を認める最高裁判決(一八年七月)がある。府側もその点を強調したが「どんな選考をしても許されるわけではないと示した」(谷弁護士)。
◆ 「従わない奴は切る」は許されへん
一方、府側は判決を不服とし、上告。教職員人事課の若林武志管理主事は「係争中のため、上告理由は言えない」と話す。
似た事例が東京にもある。定年のタイミングで再任用されると同時に「あなたは不起立で処分されたので、年金が支給される年度になれば採用しない」と事前通告されるケースだ。
都立高校で働く大能清子さん(62)もその一人。年金の一部が支給されるのは六十四歳で、リミットが迫る。
「再任用の任期は一年。毎年、願書を出した上で更新される。願書を出す前から、合否判断をしていいのか。不起立した人をどこまで差別的に排除するのか」
梅原さんは本年度、「人手が足りない」と頼まれて、府立高校で週二回の非常勤をしている。外国にルーツを持つ子どもも多く、生徒の多様性も実感している。
「考え方や意見の違いを包容してやっていくのがこれからの社会やと思う。たった一つの意見が違うだけで、『従わない奴(やつ)は切る』というやり方は、もう許されへんのとちゃいますか」
※デスクメモ
体罰、校内飲酒、酒気帯び運転は大目に見るけど、「君が代」不起立はダメ。大阪の物差しは何とも理解しがたい。起立斉唱が何より大切なのか。お上の命に屈しない人間は排除したいということなのか。上ばかり気にする世の中になったら、おもんないですよ。維新の皆さん。(榊)
『東京新聞』(2022年1月30日【こちら特報部】)
元教諭・梅原さん逆転勝訴 (東京新聞【こちら特報部】)
大阪府立高校の現役教諭時代、卒業式で「君が代」を立って歌わなかったことを理由に、定年退職後の再任用を拒否された。その男性が府に損害賠償を求めた訴訟で、大阪高裁が昨年末、府教委の選考が違法だったとする判決を出した。定年後の再任用では例年、希望者がほぼ全員採用され,体罰教員も合格する中、不起立の一点で不合格にされていた。似た問題は東京にもあり、現在進行形で続いている。(石井紀代美)
◆ 「面従腹背あり得ない」
裁判宮が判決を読み終えると、静かだった法廷に拍手が湧いた。コロナで席数が限られた傍聴席を、元教員の仲間らが埋めていた。
「わー」と拍手が鳴って、うれしかったです。本当にほっとしました」。原告の府立高校元教諭、梅原聡さん(65)は、昨年暮れの逆転勝訴判決を振り返る。
二〇二〇年の一審は敗訴。「なんでまっとうな主張が通らへんのやろ」と落胆しただけに、喜びもひとしおだった。
被告の府は、三百十五万円の損害賠償の支払いを命じられた。
「日の丸・君が代」について、当初は特にこだわりがなかったと梅原さんは言う。初任地の勤務校で人権教育の担当になり、かつての日本の侵略戦争が天皇主権の象徴「日の丸・君が代」の下で行われたと学んでから、印象が変わった。
大阪の学校には在日韓国・朝鮮人の生徒も多い。「在日の生徒には精神的苦痛になるなと思いました。やはり、学校に持ち込んじゃいかんなと」
卒業式などの「君が代」斉唱が大阪で励行されだしたのは、一九九九年の国旗国歌法ができてから。当時は保護者や生徒にも不起立する人が複数いて、問題にならない時代だった。
しかし一二年の卒業式の直前、初めて起立斉唱の職務命令が校長から出された。大阪維新の会が台頭して間もない頃だ。
「面従腹背で形だけ立つ選択肢もあったかもしれない。でも、生徒には『自分の頭で考えて行動するんや』と一言ってきたので、それはあり得なかった」。
式の受付に回された一三年を挟み、一四年の卒業式も不起立した。
◆ 起立拒絶 再任用は不合格
梅原さんは一二年と一四年の不起立が問題視され、ともに戒告処分を受けた。
四種類ある懲戒処分のうち、一番軽い処分だった一方、二回目の戒告後に府教委が行った研修が忘れられない。
関係条例などを読むだけの簡易な内容だったが、最後に渡された一枚の意向確認書に胸がざわついた。
「今後、入学式や卒業式等における国歌斉唱時の起立斉唱を含む上司の職務命令には従います」と書かれ、署名、押印を求められた。
「君が代」の強制は憲法で保障される「思想・良心の自由」の侵害にもつながると考える梅原さんは、その場では応じず、後日、文言を書き直して提出した。
「上司の職務命令には従います。ただし憲法その他の上位法規に触れると判断した場合は留保します」
それから数年たった一七年一月、二カ月後の定年退職を控え、校長室に呼ばれた。「再任用に関してお聞きします」「はいか、いいえで答えてください」と言われ、起立斉唱命令に従うか問われた。
ただ、府教委自身、生徒が就職面接の際、思想・信条に関わることを聞かれた場合は答えないよう指導する方針を掲げる。例えば、購読新聞や愛読書、尊敬する人物などの質問も入る。
「このような質問には答えないよう生徒に指導しているので、答えることはできません」。
三週間後、校長から口頭で、再任用の不合格が告げられた。
◆ 裁量権逸脱 不平等な選考
「君が代」の強制と言えば、東京都教委が石原慎太郎都政時代の二〇〇三年に出した「10・23通達」が有名。国旗に向かい、立って歌う職務命令を各校長に出させた。命令違反には懲戒処分できる地方公務員法の規定を利用し、処分を連発していった。
大阪の強制は東京より少し後。橋下徹府政になり、大阪維新の会が府議会の過半数を占めた一一年からだ。
この年、府は職員に起立斉唱を義務付ける「国旗国歌条例」を制定。一二年には同じ職務命令に三回違反すると懲戒免職にする「府職員基本条例」もつくった。一三年には橋下氏の息のかかった親しい人物が、府教育長に就任。実際に歌っているか口元を監視し、報告を求める「口元チェック通知」を出した。
この流れの中で、再任用拒否問題も起き、梅原さんは一八年二月に提訴した。
今回、大阪高裁はどう逆転勝訴判決を導いたのか。
原告代理人の谷次郎弁護士は「一つは、合格率が極めて高く、希望者のほぼ全員が採用されていたことが注目された」と説明する。
梅原さんが再任用を希望した年度は、全希望者二千五百七十九人中、不合格者はたったの四人。そのうち不起立で戒告を受けた人が二人だ。ちなみに、一四~一九年度の平均合格率は、実に99・8%にも上る。
高い採用率は、一三年度から、年金支給開始年齢を六十五歳へ段階的に引き上げることにした国の方針と関係がある。定年後の無収入状態を回避するため、年金が入るまではよっぽどのことがない限り、希望者を再任用するよう国から要請されているのだ。
◆ 府教委 体罰・校内飲酒教員は合格
加えて、おかしなことがあった。こぶしやボールペンで生徒の頭部をたたく体罰を繰り返し、梅原さんよりも重い「減給一月」を受けた教員が合格していた。別の年度では、同じく体罰で「停職六月」、酒気帯び運転で「停職三月」、校内での飲酒で「停職一月」の人まで合格していた。
校長による梅原さんの内申評価は「適」。問題視される要素は不起立以外になかった。
府教委が過去の処分歴を合否の判断材料にするにしても、不平等な取り扱いがあったと高裁は見た。そして、梅原さんを不採用にした判断は「客観的合理性や社会的相当性を著しく欠き、裁量権の逸脱濫用(らんよう)に当たる」とした。
実は再任用の合否については、採用する側の教育委員会に幅広く裁量を認める最高裁判決(一八年七月)がある。府側もその点を強調したが「どんな選考をしても許されるわけではないと示した」(谷弁護士)。
◆ 「従わない奴は切る」は許されへん
一方、府側は判決を不服とし、上告。教職員人事課の若林武志管理主事は「係争中のため、上告理由は言えない」と話す。
似た事例が東京にもある。定年のタイミングで再任用されると同時に「あなたは不起立で処分されたので、年金が支給される年度になれば採用しない」と事前通告されるケースだ。
都立高校で働く大能清子さん(62)もその一人。年金の一部が支給されるのは六十四歳で、リミットが迫る。
「再任用の任期は一年。毎年、願書を出した上で更新される。願書を出す前から、合否判断をしていいのか。不起立した人をどこまで差別的に排除するのか」
梅原さんは本年度、「人手が足りない」と頼まれて、府立高校で週二回の非常勤をしている。外国にルーツを持つ子どもも多く、生徒の多様性も実感している。
「考え方や意見の違いを包容してやっていくのがこれからの社会やと思う。たった一つの意見が違うだけで、『従わない奴(やつ)は切る』というやり方は、もう許されへんのとちゃいますか」
※デスクメモ
体罰、校内飲酒、酒気帯び運転は大目に見るけど、「君が代」不起立はダメ。大阪の物差しは何とも理解しがたい。起立斉唱が何より大切なのか。お上の命に屈しない人間は排除したいということなのか。上ばかり気にする世の中になったら、おもんないですよ。維新の皆さん。(榊)
『東京新聞』(2022年1月30日【こちら特報部】)
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