《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
☆ 「こども未来戦略方針」を検証する
浅井春夫さん(立教大学名誉教授)のお話から
こども家庭庁が発足し、6月13日に「こども未来戦略方針~次元の異なる少子化対策の実現のための『こども未来戦略』の策定に向けて~」が閣議決定されました。
これから3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し、「戦略方針」を「加速化」するとしています。
しかし、それでいまの社会が直面している課題を解決することができるのでしょうか。教育子育て九条の会がよびかけた実行委員会主催の交流集会「憲法を守り生かし、子どもと教育を守る大きな共同をひろげよう」(9月24日)での浅井春夫さんの報告と資料の内容をまとめました。
☆ 「こども未来戦略方針」は「戦略」といえるのか
「戦略」とは、目的を達成するために何をすべきか、その重点項目や財源などを明確にし、見通しも含めたトータルプランのことです。そう考えた時、この「戦略方針」にはたくさんの疑問があります。
①少子化対策に収れんすることが主軸でよいのか
これまでも、1990年の「(合成特殊出生率)1.57ショック」を契機に、1994年からの30年間で45本もの少子化対策の関連施策が提起されてきました。しかし現状を見る限り、大きな成果は見出しにくいと言わざるを得ません。
厚生労働省の統計を見ても、上の表のように出生数・出生率とも低下の一途です。政策目標の未達成や停滞などに対する真摯な総括無しに、接ぎ木のように政策を展開しても、改善には至っていないのです。率直にいえば、出生数と出生率にこだわった少子化対策に終始するだけでは、問題の解決になりません。
政府の「少子化対策」は、いわゆる国カー経済力や軍事力に関わる要素が大きく、個人の尊厳・しあわせへの視点が弱いのではないでしょうか。強い国家があって国民のしあわせを保障することができるという発想(自民党の憲法改正草案)なのか、一人ひとりのしあわせが束になって国のしあわせと言えるという発想(現在の憲法、特に13条の個人の尊厳)なのかが問われているように思います。
②これまでの施策に関する総括がされてきたのか
「戦略方針」は、「3つの基本理念」として国民生活と子育て、労働環境の問題点を示しています。
(1)若い世代の所得を増やす、
(2)社会全体の構造・意識を変える、
(3)全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援する。
これらはこれまでも繰り返し叫ばれてきたことであり、その要因をつくった歴代の自民党政治・政策の問題がスルーされています。
「社会全体の構造・意識を変える」について言えば、家父長的家族制度を家族の基本形態として強固に維持しようとしてきたのが自民党政治です。本気で意識変革するのであれば、現在、世界の性教育のスタンダードになっている包括的性教育を学校教育の中に導入することを考えるべきです。政党・政治家の意識改革こそ、強く求められているのです。
③「次元の異なる」少子化対策とは?
「次元が異なる」というのは、これまでとは全く異なる考え方、それに基づく大胆な施策のことを言います。どの次元からどこの次元に移行するのか。「子育て後進国」から「子育て先進国の次元」へ、ということをもっと明確にすべきではないでしょうか。ポイントは以下の通りです。
第1は、国際的水準である「子ども関連予算GDP比3%」を具体化することです。5年間の軍事費総額43兆円を先行決定したことで、子ども関連予算の財源確保はデッドロックに乗り上げています。
第2に、児童手当の所得制限なしで高校生までの対象の拡大はもとより、具体的なサービス給付(現物給付)の抜本的改善が求められます。
保育所の運営基準の抜本的な改善(例えば4、5歳児の保育士配置基準は、1948年の基準制定から75年間変わっていない)さえできない事態が続いています。
学童保育の運営基準の大幅な改善も検討されるべきです。
現金給付とサービス給付の両面の拡充が必要ですが、現金給付に力点が置かれています。サービス給付への抜本的改善が求められます。
第3に、当面の子育て世代に施策の重点が置かれていますが、これから子どもを持つ世代への施策に力点を置かないと、切れ目のない支援体制を築くことはできません。
その軸になるのが若年労働者の労働条件の改善と生活保障です。
また大学生の奨学金返済義務が長期負債になっている現状の改革が求められます。
自らの人生の未来を展望できる政策とは何かが問われているのではないでしょうか。
④今回の「対策」が「ラストチャンス」?!
「こども・子育て政策の基本的考え方」には、「ラストチャンス2030年に向けて」とサブタイトルが打たれ、2030年までに「我が国の持てる力を総動員し、少子化対策と経済成長実現に不退転の決意で取り組まなければならない」と述べています。そのために重視しているのは、「若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできない」ことだとしていますが、危機感を煽るばかりで、具体策が明示されていません。
⑤財源問題は、国のあり方が問われる課題
財源問題で大きな焦点となっているのが、社会保険料を使った「こども金庫」(年金、医療、介護、雇用保険など、さまざまな社会保険財政から一定額の拠出をして、子育てを支援する基金を開設する)構想です。
しかし、社会保険の財源は主に加入者や事業主が納付する保険料であり、これは、保険料を拠出した加入者の生活上のリスクに対応する「社会保障制度」の1つです。医療や年金、介護の制度を利用するために保険料を払っているのに、なぜ、直接には拠出していない子ども予算に回されるのか。制度の建付けとしても整合性があるとはいえません。
「歳出改革」において「防衛費」は、手を付けない聖域になっていますが、優先すべき歳出削減は軍事費です。まさに政治の本気度が問われています。
☆ もう一つの少子化促進要因・ジ土ンダー不平等
国・自治体の少子化対策・子育て政策には、女性の役割に寄りかかる側面が強くあるのではないでしょうか。
①非正規労働者の比率増加を促進する政策が、正規・非年規、男女の格差拡大という現実を生み出しています。
②低賃金の長期停滞・固定化の構造、
③家族生活における家事・育児(ケア労働)の女性負担の状況も、基本的に改善されていません。
①正規・非正規、男女の格差拡大
総務省の調査(2022年)では、若年労働者の非正規雇用率は15~24歳が49.9%(女性52.6%)、25~34歳で22.1%(女性31.3%)となっており、依然として就労形態の格差が深刻です。
また、男女の賃金格差は、厚労省の調査(2022年)で、男性:女性=100:75.7でした。
②低賃金の長期停滞・固定化
OECD諸国の平均賃金の推移をみると、1990年を1とした場合、アメリカは2020年に1.47です。日本は1.04で、30年間ほとんど増えていません。
国税庁の調査で1年以上継続勤務者の賃金分布をみると、「年間100万円以下」は、2001年の312万人から2021年425万人に増加。「100万~200万円」は550万人から701万人に増加しています。これらの低所得者層には「チャイルド・リスク(教育関連費の比重の増加)」が重くのしかかり、子どもを持つことへの躊躇や不安が生じてしまいます。
③家族生活における女性負担
国立社会保障・人口問題研究所の調査(2018年)では、「妻が100%家事を負担している」世帯の割合は17.4%、「90%以上」が56.4%、「80%以上」は74.4%でした。妻が家事のほとんどを負担している実態がわかります。
1日の家事時間の平均は、妻が平日4時間23分・休日4時間44分、夫は平日37分・休日1時間6分でした。育児時間の平均は、妻が平日8時閲52分・休日11時間20分、夫は平日1時間26分・休日5時間22分です。家族間、パートナー関係におけるジェンダー不平等の実態も、真摯に問い直すことが求められています。
子どもをめぐる問題を考える上で、国連子どもの権利委員会「第4・5回日本政府統合報告書に対する最終所見」を真摯に受け止めることが求められています。残念ながら政府にそのような姿勢は見られず、この点でも声をあげていきたいと思います。(文責・編集部)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 152号』(2023.10)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます