◆ 起立斉唱を強制する卒業式の「調教教育」には手を貸せない(週刊金曜日)
平野次郎(ひらのじろう・フリーライター)
卒業式で君が代を起立斉唱しなかったとして大阪市教育委員会から戒告の懲戒処分を受けた元中学教諭が処分取り消しを求めた控訴審の第1回ロ頭弁論が6月13日、大阪高裁で開かれた。原告の元教諭は一審で、君が代の起立斉唱を強制する卒業式は子どもの権利を侵害する「調教教育」だと訴えたが、判決は「調教教育」に触れなかった。原告側は控訴審でこの問題を最大の争点に据える。
「起立斉唱の職務命令に従うことは、自らが子どもたちへの権利侵害に手を染めることだという認識が私の不起立不斉唱の重要な理由、動機となっています」。大阪高裁(阪本勝(さかもとまさる)裁判長)で開かれた口頭弁論の冒頭で、控訴人(一審原告)の松田幹雄(まつだみきお)さん(67歳)はこう意見陳述した。
訴状によると、松田さんは2015年3月、当時勤務していた大阪市立中学校の卒業式で、君が代斉唱時に校長の職務命令に反して起立斉唱しなかった。大阪市教育委員会は同5月、教職員に起立斉唱を義務づけた市国旗国歌条例や職務命令に違反したとして松田さんを戒告処分にした。
松田さんは市人事委員会に処分について審査請求したが、同委員会が処分を承認する裁決をしたため、20年12月に処分の取り消しを求める訴えを大阪地裁に起こした。
◆ 憲法違反など訴える
裁判で松田さんは、
① 君が代斉唱を強制する市条例や職務命令は原告の思想・良心の自由を侵害し憲法に違反する、
② 生徒に対し君が代の意味や歴史を教えることなく命令に従って起立斉唱させる式典は「調教教育」というべき人権侵害であり、子どもの権利条約に違反する
ーと訴えた。
22年11月28日に大阪地裁で判決があり、横田昌紀(よこたまさのり)裁判長は「市教委に裁量権の逸脱や濫用(らんよう)はなく、処分は違法ではない」として原告の請求を棄却した。
この判決では、原告側が訴えた①について、君が代の起立斉唱は「式典における慣例上の儀礼的な所作」であり、憲法が保障する思想・良心の自由を「間接的に制約する」が侵害するとは言えないと判示。
②の子どもの権利条約に違反するかどうかは、「自らの法律上の利益に関係のない違法を主張するものであり、主張自体失当である」と切り捨て、「調教教育」に言及しなかった。
この裁判は、12年に施行された大阪市国旗国歌条例での処分をめぐる初めての判決だったが、原告側は「従来の最高裁判決をコピペ(コピー&ベースト)しただけの判決だ」と批判した。
では、これまでの君が代不起立の処分取り消し請求訴訟はどんな経緯をたどったのか。
君が代斉唱は、戦前は「紀元節」などの学校行事で義務づけられていたが、戦後は教育勅語の奉読や御真影(ごしんえい)の拝礼とともに廃止された。
だが1958年の学習指導要領の改訂で、国民の祝日の儀式では「国旗の掲揚」「君が代の斉唱」が望ましいとし、文部省(当時)は85年8月、日の丸掲揚と君が代斉唱の実施率が低いことを問題にし、「国旗と国歌の適切な取り扱いの徹底」を求める通知を出した。
89年に告示された新学習指導要領で「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」として義務化された。
文部省は、翌年から毎年、全国の公立小中高校での日の丸掲揚と君が代斉唱の実施状況調査を実施。99年に国旗国歌法が施行されると実施率が跳ね上がり、2003年の卒業式で実施率はほぼ100%になった。
各地で君が代不起立による処分を受ける教職員が急増する。同10月に東京都教委が入学・卒業式の「国旗掲揚」と「国歌斉唱」を義務づける通達を出し、不起立による処分の取り消しを求める訴訟が相次ぐ。
東京都の通達と同様の内容を条例化した大阪府国旗国歌条例が11年6月、大阪市国旗国歌条例が12年2月にそれぞれ施行。同4月には、同一の職務命令違反が計3回で免職などと規定した大阪府職員基本条例が施行され、同6月に大阪市も同様の条例を施行した。
君が代不起立処分取り消し請求訴訟は各地に広がり、最高裁は11年5月の判決で、個人の思想・良心の自由を「間接的に制約する」が憲法違反ではないとの判断を初めて示した。
12年1月には戒告は裁量権の範囲内だが減給・停職は慎重にする必要があるとしつつ「具体的な事情がある場合」には重い処分も可とする基準を示した。
16年7月の東京都の処分取り消しを求める訴訟の上告審で、減給と停職の処分を取り消し、戒告は適法とした二審判決が確定した。
一方、17年3月の大阪府国旗国歌条例の違憲性が問われた訴訟の最高裁決定では、府条例を合憲とし教諭の減給処分を取り消さなかった二審判決が確定している。
◆ 卒業式のあり方を問う
こうした君が代不起立訴訟の経緯のなかで、松田さんの訴訟の特徴は卒業式のあり方を正面から問うていることだ。
1990年代までは君が代斉唱がなくフロアで卒業生と在校生が向き合う創意工夫をこらした卒業式が見られたが、君が代斉唱の義務化に伴い日の丸を掲げた壇上での儀式と化した卒業式に移行する。大阪市では市国旗国歌条例の施行に伴って教育長通知が出された。
2015年1月の通知は、「学習指導要領の儀式的行事のねらいに沿って適切に実施する」としたうえで、「ピアノまたは吹奏楽による伴奏で、しっかりと国歌が斉唱できるよう指導する」「壇上正面に国旗を掲揚するなど、国旗を尊重する態度を育てる」と述べる。
この通知を見て松田さんは考えた。生徒に日の丸、君が代の意味や歴史的背景を説明せずに「しっかりと国歌が斉唱できるよう」「国旗を尊重する」ということだけを強要し、何も考えずに言われた通りにすればいいというのか。これでは馬や犬を訓練する調教と変わりがない。君が代の起立斉唱を強制する卒業式は「調教教育」ではないのか。
原告側が大阪高裁に提出した控訴理由書では、1900年の小学校令施行規則が紀元節などの式典では君が代合唱、天皇・皇后陛下の御影に最敬礼、教育勅語奉読などを行なうとしている条文を引用。現在の卒業式が戦前の天皇制の下で定式化された儀式をそのまま受け継いでおり、天皇や国家に対する崇敬の念を起こさせる「調教教育」になっていると断じる。
◆ 国連の勧告をどう判断
この問題以外に控訴審で注目される争点は、一審判決の25日前の22年11月に国連の自由権規約委員会が出した勧告をどう判断するかだ。
勧告の内容は、君が代不起立不斉唱の教員が最長6カ月の停職処分を受けたことに懸念を示し、自由権規約18条が定める思想・良心・宗教の自由について制限する行動は控えるべきだとしている。
だが判決は、職務命令が原告の思想・良心・宗教の自由を侵害するとは言えないから、自由権規約18条に違反すると言えないと述べ、自由権規約委員会の勧告については判断を示していない。
冒頭で述べた大阪高裁での口頭弁論の場面に戻る。
控訴人の松田さんが意見陳述を終えると、阪本裁判長が結審を宣言しそうになったため、控訴人側の弁護士が人権規約委員会の勧告などについで被控訴人(大阪市)の反論がないので口頭弁論を続行すべきだと訴えた。
だが、被控訴人側の弁護士が反論はすべて原審でやったとして結審を求めたのを受け、阪本裁判長は結審を宣告。
判決の言い渡しを7月27日午後2時と一方的に告げたあと閉廷した。
傍聴席からは「裁判所の怠慢だ」「控訴権を守れ」など抗議の声が上がった。
『週刊金曜日 1431号』(2023年7月7日)
https://www.kinyobi.co.jp/
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