《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
★ ゲンが開けたパンドラの箱
教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま 岸 直人(きしなおと)
2月に広島市教委は副教材「ひろしま平和ノート」から教材『はだしのゲン』などを削除した。諸資料を分析して次のことが分かった。
(1)被爆の実相を伝える教材や核廃絶を求める被爆者・市民の強い願いが、大幅に削除された。
(2)アメリカの原爆投下責任を問わない教材が、大きく取り上げられた。
(3)核廃絶を求める学習から、核抑止論を容認する学習へと変わった。
(4)日本の植民地支配やアジアへの侵略戦争や加害の事実に触れていない。
『はだしのゲン』削除は、広島市教委の平和教育の大きな変質の問題だった。ゲンは削除されることで広島市教委のパンドラの箱を開けたのである。
★ 美甘章子さん教材『8時15分』で、アメリカを「許す心」を教えることが平和教育を壊す
この教材は中学3年、高校1年、高校3年に合計8ページ以上掲載され、破格の扱いをされている。
中学3年の教材には美甘さんの、被爆者であるお父さんの言葉
「原爆を落とした米国人を恨むな。平和の懸け橋になれ」
「アメリカが悪いのではなく戦争が悪い」
「原爆を落とした米国人を恨むな」
が掲載された。
授業で原爆を落としたアメリカを許すことを教え、アメリカの原爆投下責任も日本の戦争責任も考えさせない教材は危険な教材であるといえる。
美甘章子さんの論理では「同情」や「理解」や「共感」が「相手を許す」ことにつながっている。本の「あとがき」で、原爆を投下したティベッツに対して、被爆者が「共感」し「許す」ことができるとの論理展開をしている。
市教委は美甘教材により戦争の原因を考えさせることなく、米国を「許す」平和教育を導入したのだ。
★ 『はだしのゲン』削除の背景に政治的な動き?
2016年オバマ大統領が広島に来る前年、広島の有識者の間でアメリカに原爆投下の謝罪を求めず、これまでの平和行政、平和研究、平和教育を大きく変えようという動きが始まった。
広島市立大学平和研究所では核廃絶に向けた研究をしている学者の雇い止め問題も起き、防衛省や外務省の研究者が入れ替わったので、「平和研究所は防衛研究所になったのか」との批判が沸き起こった。
松井市政下でのこのような動きが広島市教委の平和教育に反映して今回の『はだしのゲン』削除問題として露呈したのではないかと考えている。
5月のG7サミットで、岸田首相は「広島ビジョン」で核抑止論を容認した。これは核兵器廃絶の根拠を世界が失うかもしれない大変危険な声明であった。世界は「被爆者や広島市民は核兵器を認めたのか?!」と思っただろう。
政府の核抑止論を広島市、広島市教委が受け入れた結果、平和ノートが変質したと考えられる。
さらに6月には広島市長と駐日米大使との間で姉妹公園協定書が締結された。
「戦争の始まりが日本の真珠湾攻撃で、米国の原爆投下が戦争を終わらせた」という米国のストーリーで協定を結べば、ヒロシマが米国の原爆の使用を認め今後の核政策を正当化することにもなる。
この協定は新平和ノートの変質の方向と一致している。
では、だれがどのような理由で『はだしのゲン』などの教材を削除し美甘教材を導入することを決めたのか。
削除と導入の決裁をした市教委がこれまでの経緯についての説明責任を果たさない限り、ゲンの開けたパンドラの箱は閉まらない。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 151号』(2023.8)
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