☆ 「未来からの遺言」(東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)
東京の出版社を辞めて長崎に移住した西浩孝さんから本が送られてきた。
彼が1人で起こした「編集室水平線」から出版された伊藤明彦著『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』。
読み進みながら、恥ずかしさに息苦しくなった。ルポルタージュを仕事にしていながら、16年前に72歳で他界したこの著者のことを知らなかった。
著者は長崎放送に勤めた後、全国に散った被爆者千人の声を録音、全国の図書館などに寄贈した。全て自費での仕事である。
被爆者取材に一生を懸けた営為を、西さんは『伊藤明彦の仕事』全6巻にまとめる計画だが、わたしは遅ればせながら『未来からの遺言』を読み、圧倒させられ、その決意を納得した。
被爆者の吉野啓二さん(仮名)との出会いと被爆体験が細やかに描かれている。被爆体験、入院生活、社会復帰などについて、豊かな生々しい感情と情景に満ちた録音が残されている。
しかし、全く予想もしなかった結末を迎える。「吉野啓二さん」の遺体が、奥秩父の山中で発見される。謎の自死だった。証言はどこまでが、自己体験だったか。それは分からない。しかし、死者たちは、吉野さんの口を借りて語った。
「その苦悩に満ちた生は、それが核兵器を再び使わせず、廃絶させることに役立てられる道を通じている」と著者は書く。
『東京新聞』(2025年1月28日【本音のコラム】)
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