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☆ 生きて生きて生きろ
~喪失と絶望の中で生きる人々とともに生きる医療従事者たちの記録
桑原亘之介
タイトルに原発という文字はない。しかし、これは原発に関する映画だ。しかも、これまでの原発映画の多くとは趣をやや異にする作品である。
6月12日(水)、映画「生きて、生きて、生きろ。」(2024年/制作・監督・撮影:島田陽磨/製作・配給:日本電波ニュース社)を東京・中野の「ポレポレ東中野」で観た。
精神科医・中澤正夫氏はパンフレットに寄せたコメントで次のように語っているー
「この映画を観たひとは、誰もが思うだろう。震災による「こころの被害」は、叫ばれているにしては良くわかっていません。震災がどれだけ心を傷つけるか、その回復がどれだけ困難か・・・ましてや「どのように癒されてゆくのか?」この映画はそこへ迫ったドキュメントです」。
そう、2011年3月11日に起こった東日本大震災とそれに続いた東京電力福島第一原発事故。それによって少なからぬ住民たちは心をやられた。遅発性PTSD、うつ、自死、児童虐待などなど。
この映画は、喪失感や絶望に打ちのめされながらも日々を生きようとする人々と、それを支える医療従事者たちのドキュメントである。
それと同時にこの映画はより広いテーマをも照射している。認定NPO法人Dialogue for People副代表の安田菜津紀氏のコメントはこうだー
「「戦争遂行のため」「核は安全だ」「もう被災地は復興した」という巨大な力の文脈から、振り落とされてきた無数の声。やがてそれは、「いつまで下を向いているんだ」という自己責任論に回収されていく」。
「こうして「なかったこと」にされてきた痛みにそっと耳を傾ける、社会の「聴診器」のような映画だ」。
映画の途中から沖縄が登場する。
映画に登場する精神科医・蟻塚亮二氏が沖縄で診療していたことがあり、今も毎月通っていることもある。だが、それ以上に沖縄と福島の「共通項」が語られてゆく。
沖縄には基地が押し付けられた。福島には原発が押し付けられた。
貧しさに付け込まれ札束で頬をぶたれるかのようにして。しかし、沖縄と福島にはしわ寄せがくるし、トカゲの尻尾切りのように切り捨てられる。
沖縄戦が終わってから、沖縄は米軍そして米軍と日本本土のいいように基地を押し付けられ、沖縄には物事を決める権限は与えられず、ひたすら中央が中央のために決めたことに力づくで従わされてきた。
一方、明治150年の東北の貧しさ。そして今日、中央の発展のために資源と労働力を供給する福島。原発についていえば、東電の植民地福島。
そういう気味が悪いほどに浮かび上がってくる沖縄と福島の共通項が語られることで、唐突に福島の被災者たちの精神の病が語られている所に突然沖縄の問題が入って来ることが理解できるようになっている。
蟻塚医師と患者たちとのやり取り、相馬広域こころのケアセンターなごみの看護師・米倉一磨氏と患者たちの心の交流などがきめ細かく描かれてゆく。3.11によって人生を狂わされた人々。
タイトルに原発という文字はない。しかし、福島の住民たちが生きて、生きて、生きようとしている、その姿が描かれる。そして困難に直面している患者たちに対する「生きろ!」というメッセージが静かに底に流れている。
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※ 桑原亘之介
1963年東京生まれ。82年都立清瀬高校卒。87年上智大学外国語学部英語学科卒、日本経済新聞社入社。その後、共同通信社へ。2021年退社。15年暮れよりコラム「スピリチュアル・ビートルズ」をサイト「OVO」にて連載。音楽、映画、美術展に興味あり。環境雑誌「奔流」編集委員。
『映画「生きて、生きて、生きろ。」』(2024年6月12日)
https://note.com/kuwa589/n/na1ecda35c19e
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コメント
○ 「何を頑張ればいいの?」
ふと漏れた言葉に、自分ならどうやって返すだろうと考える。
答えが出てこない。たじろぐ問いをいくつも投げかけてくる。
武田砂鉄 ライター
○ 丹念な取材と真摯な考察によって、国家に翻弄された人たちのとてつもない苦しみが顕わになる。事実を知るにつけ、怒りと、何も役に立てない自分を恥じる気持ちが交差する。そして頭を垂れる。絶望的とも言える状況下で、患者にどこまでも寄り添う医療従事者たち。彼らの果てしない献身の末に行き着いたラストに、心底震えた。
大島 新 ドキュメンタリー監督
○ 強く生きようとする人々の姿の向こう側に、心の傷から血を流し今なお耐え忍び泣いている福島を見ました。戦争も災害もひと通りの期間が過ぎたら世間から忘れ去られます。そして生き残った人々の「これからも生きていかなくてはならない」という辛く長い戦いが始まります。長いこと海外支援にばかり目を向けていた私ですが、自分の国、福島での現実にも改めて気づかされました。
白川優子 国境なき医師団
○ 「寄り添う」という言葉がこの頃はよく使われているが、僕は使用をちょっとためらう。なんだか好意のほどこしを人に与えているようで、傲慢になっているのではないかと心が引っかかるからだ。だが、この記録には正真正銘の「寄り添い」がある。生きることに苦しんでいる人へのあたたかい気遣いがある。
それが観ていてとてもまぶしい。
安彦良和 漫画家
○ 「戦争遂行のため」「核は安全だ」「もう被災地は復興した」という巨大な力の文脈から、振り落とされてきた無数の声。やがてそれは、「いつまで下を向いているんだ」という自己責任論に回収されていく。こうして「なかったこと」にされてきた痛みにそっと耳を傾ける、社会の「聴診器」のような映画だ。
安田菜津紀 メディアNPO Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト
○ 被災後の福島で未だに絶望的な悲しみを抱えて生きる人たち。そんな人たちに寄り添って生きる精神科医と看護師。何故原発が福島に?基地が沖縄に?私の怒りとは裏腹に絶望を乗り越えて生きようとするこの人たち。ジーンと胸に響く音楽とエンドロールのあと、更に希望のワンシーンが。この映画のタイトルに思わず拍手!
松元ヒロ 芸人
○ 「生きて!生きて!生きて!」この映画を観たひとは、誰をもが思うだろう。震災による「こころの被害」は、叫ばれているにしては良くわかっていません。震災がどれだけ心を傷つけるか、その回復がどれだけ困難か・・ましてや「どのように癒されてゆくのか?」この映画はそこへ迫ったドキュメントです。ぜひこの映画を観て知ってほしい。
中澤正夫 精神科医
○ 私達は知らなかったのか?
私達が知ろうとしなかったのか?
曖昧に流れた年月、責任逃れの、13年
振り回されているのは国家ではなく、人々
見えない希望が語りかける
無かった事にするのか?
傍観者は加害者になりえる
全世界が間違いなく、みるべき
生きて、生きて、『生きろ』
そう、『生きろ』とは
全人類へのメッセージなのかもしれない
サヘル・ローズ 俳優・タレント
○ 映っているのは今の辛く厳しい現実と過去の知らなかった出来事。
アメリカは日本に、日本は福島や沖縄に、常に弱いところにしわ寄せを持っていく人間というものにどうにも絶望的な気持ちになるのに、でも、それでもやっぱり人間てすごいなあと思った。
「よくここまで生きてきましたね」と蟻塚先生が言うように、
「誰もが誰かに生かされ生かしている」と米倉さんが言うように、
まさに『生きて、生きて、生きろ。』なのだと思う。
それはこの映画に登場する人たちだけでなく、誰もがみんながそうなんだと思わせてくれる、そんな力が映っている映画だと思った。
足立 紳 脚本家「ブギウギ」・映画監督
○ 「誰かに生かされているのかな…」。生と死の選択肢の狭間に揺れながらこう静かに自問する、息子を自死で失った男性。福島原発事故から13年、心の傷に向き合う人々との間で交わされる言葉から、「いのち」の在り方、「どう生きるか」という普遍的な問いを今の時代に生きる私たちに投げかけている。
林 典子 写真家
○ 蟻塚先生の日常は悲しみ、苦しみに満ちているのに、先生の声を聞くとホッとするのはなぜか、よくわかる映画です。
原発事故のPTSDにさいなまされる一人一人の境遇に、福島県人の一人として怒りを新たに。福島が原発立地候補となった経緯を1953年の米議会から解き明かす資料、映像、証言、そして沖縄。感情と理性が交錯する。微かな希望がみえてくるラストの何と感動的なことか。どんなに傷ついても信頼があれば再生することができる!世界中で観て欲しい、です。
神田香織 講談師
○ 目に見えない放射能の恐怖による目に見えない被害。まさにそれは原発事故によるPTSDではないか。
福島第一原発事故が起きた際に、政府、自治体、マスコミも目に見える爆発などによる、目に見える原子炉での被害を中心に注目した。残念なことにあれほど大きい事故は精神に非常に大きいダメージを及ぼす。にも関わらず、政府、自治体、マスコミもそれを見なかった。あるいは見て見ぬふりした。いかに原発事故によるPTSDが深刻かが「生きて、生きて、生きろ。」ドキュメンタリー映画のおかげでようやく目に見える現実になった。
西村カリン ラジオ・フランス、リベラシオン特派員
○ 目に見えない深い傷は、いつ大きく疼きだすかわからない。
そんな時、近くに「よくここまで生きてきた」って言ってくれる人がいたら、
涙が出た時に「もっと人間、泣かなきゃだめ」って言ってくれる人がいたら
私たちはどれだけ救われるだろう。
伊藤詩織 映像ジャーナリスト
(敬称略・順不同)
http://ikiro.ndn-news.co.jp/
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