《東京新聞「視点」私はこう見る》
◆ 訪問介護ヘルパー訴訟
制度不信に国も向き合え
訪問介護ヘルパーが低賃金で酷使されているのは、介護保険制度では労働基準法が守れないからだ。
三人の女性ヘルパーがこう訴えて起こした国家賠償訴訟は、提訴から二年で原告側が裁判官の忌避を申し立て、裁判は昨年九月から中断している。
忌避の理由を、山本志都(しづ)弁護士は「裁判所が、制度に問題があるのでなく事業所が正当な賃金を支払わないからだ、という被告側(厚生労働省)の主張と同じ立場で訴訟指揮をした」と説明する。
多数を占める非正規・登録ヘルパーには、「利用者を介護した時間」だけに給与が支払われ、次の利用者宅への移動時間や待機時間などは賃金ゼロの人が少なくない。
だが、介護保険制度で事業者が得る介護報酬では払いたくても支払うのが難しいのが現状で、原告側が法廷で立証してきた。
極度の人手不足をコロナ禍が直撃し、東京商工リサーチによると、昨年は介護事業の倒産の六割を訪問介護が占めた。特に地域密着の小規模事業所ほど経営は苦しく、ヘルパー不足も重なって事業を断念するケースが目立つ。
訪問介護の仕事だけでは生活が厳しいため、若い世代が入ってこない。訪問介護ヘルパーは六十歳以上が約四割、有効求人倍率は何と約十五倍に達する。
原告の伊藤みどりさん(69)は「背中の曲がった人など、どっちが利用者か分からないヘルパーさんは多い。年金だけで暮らせない人が辞めずに働いている」と、陳述書で訴えた。
厚労省は「移動や待機時間も労働時間。賃金を支払う必要がある」と事業者を指導する。だが、これらを含めた報酬設定かどうかは「人件費も含んだ平均的な費用として設定している」と言うだけで、原告側が、具体的な算定根拠を求めても説明しない。
介護報酬には介護職の処遇改善加算があるが、手厚くすれば保険料に跳ね返る。だがこうした訪問介護の現状を、放置しておいてよいはずはない。
山本弁護士は「働く側も利用者側にも持続可能でない制度。原告は次に続く人の職場改善をと、やむにやまれず訴訟を起こした」と話す。
介護保険が始まって二十余年。要支援判定の人の訪問介護と通所介護を単価の安い総合事業に移したり、特別養護老人ホーム入所を要介護3以上に制限するなど給付抑制や負担増が続くが、保険事業の収支は黒字が続いてきた。
介護現場に制度への不信が高まる中で、ヘルパーの労基法違反状態が事業所の責任か、国の責任かを司法が審理する意味は十分にある。
国は「原告は現状の介護保険制度の不満を述べているにすぎない」と述べ、介護保険法と労基法の整合性についてもゼロ回答だ。
厚労省の官僚も裁判官も、将来介護が必要になる可能性があるだろう。
その時に訪問介護をしてくれるヘルパーが、残っているとよいのだが。
『東京新聞』(2022年3月19日)
◆ 訪問介護ヘルパー訴訟
制度不信に国も向き合え
五十住和樹(編集委員)
訪問介護ヘルパーが低賃金で酷使されているのは、介護保険制度では労働基準法が守れないからだ。
三人の女性ヘルパーがこう訴えて起こした国家賠償訴訟は、提訴から二年で原告側が裁判官の忌避を申し立て、裁判は昨年九月から中断している。
忌避の理由を、山本志都(しづ)弁護士は「裁判所が、制度に問題があるのでなく事業所が正当な賃金を支払わないからだ、という被告側(厚生労働省)の主張と同じ立場で訴訟指揮をした」と説明する。
多数を占める非正規・登録ヘルパーには、「利用者を介護した時間」だけに給与が支払われ、次の利用者宅への移動時間や待機時間などは賃金ゼロの人が少なくない。
だが、介護保険制度で事業者が得る介護報酬では払いたくても支払うのが難しいのが現状で、原告側が法廷で立証してきた。
極度の人手不足をコロナ禍が直撃し、東京商工リサーチによると、昨年は介護事業の倒産の六割を訪問介護が占めた。特に地域密着の小規模事業所ほど経営は苦しく、ヘルパー不足も重なって事業を断念するケースが目立つ。
訪問介護の仕事だけでは生活が厳しいため、若い世代が入ってこない。訪問介護ヘルパーは六十歳以上が約四割、有効求人倍率は何と約十五倍に達する。
原告の伊藤みどりさん(69)は「背中の曲がった人など、どっちが利用者か分からないヘルパーさんは多い。年金だけで暮らせない人が辞めずに働いている」と、陳述書で訴えた。
厚労省は「移動や待機時間も労働時間。賃金を支払う必要がある」と事業者を指導する。だが、これらを含めた報酬設定かどうかは「人件費も含んだ平均的な費用として設定している」と言うだけで、原告側が、具体的な算定根拠を求めても説明しない。
介護報酬には介護職の処遇改善加算があるが、手厚くすれば保険料に跳ね返る。だがこうした訪問介護の現状を、放置しておいてよいはずはない。
山本弁護士は「働く側も利用者側にも持続可能でない制度。原告は次に続く人の職場改善をと、やむにやまれず訴訟を起こした」と話す。
介護保険が始まって二十余年。要支援判定の人の訪問介護と通所介護を単価の安い総合事業に移したり、特別養護老人ホーム入所を要介護3以上に制限するなど給付抑制や負担増が続くが、保険事業の収支は黒字が続いてきた。
介護現場に制度への不信が高まる中で、ヘルパーの労基法違反状態が事業所の責任か、国の責任かを司法が審理する意味は十分にある。
国は「原告は現状の介護保険制度の不満を述べているにすぎない」と述べ、介護保険法と労基法の整合性についてもゼロ回答だ。
厚労省の官僚も裁判官も、将来介護が必要になる可能性があるだろう。
その時に訪問介護をしてくれるヘルパーが、残っているとよいのだが。
『東京新聞』(2022年3月19日)
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