ポール・トーディ
「ウィルバーフォース氏のヴィンテージ・ワイン」
「イエメンで鮭釣りを」でファンタスティックな世界を与えてくれたポール・トーディの第2作です。
冒頭からいきなり読者を鷲掴み・・・。政治家も訪れるロンドンの高級レストランに男が一人訪れます。予約席に案内された彼は、一見風采の上がらない格好・・・。その彼がソムリエにオーダーしたワインは、「シャトー・ペトリュスの1982年もの」1本3000ポンドなり。一気に緊張が走る店内。支払い能力を疑うマネージャーのクレジットカードの写しを取らせて欲しいとの慇懃な申し出に、彼は分厚い札束を見せることで応えます。得意顔でペトリュスをサーブするソムリエ・・・、そしてこの騒動に気づいた付近の客は、興味津々、彼を見つめる。しかし、彼は・・・、ちょっと様子が変だ。彼は誰か見えない相手と会話し、歌っているようだ。そして何と!まだ目の前のボトルを飲んでしまっていないのに、もう1本、同じ1982年のペトリュスを注文するのだった。
彼、ウィルバーフォースは深刻なアルコール中毒で、膨大なワインコレクションに溺れる日々。かつては新興IT企業経営者の先駆けとして成功をおさめた彼であるが、今の財務状況は一文無し寸前。彼の転落の軌跡を時代を遡ることでたどるのが、この物語です。
「酒飲みの自己弁護」と良く言いますが、彼自身はことの深刻さを十分に理解できていません。飲酒量を指摘されると、テイスティングだと切り返す。妻を事故で亡くした責任も、妻自身が引き起こしたとばかり弁明する。彼を崩壊に導くきっかけとなったのが、古い邸宅の地下にあるフランシスのワインコレクションとの出会いなのですが・・・。
コルクを抜かれたワインは空気と触れ合うことでその素晴らしさを存分に発揮させます。しかし、どんな極上のワインもその後はひたすら酸化が進み、ただただ醜悪な液体になるばかりです。ウィルバーフォースの一瞬の輝きと転落もこのワインと同じだったのでしょうか。やるせなさと哀しさが時にユーモアを交えながら語られていきます。
ポール・トーディ、ありがとう!