今日の投稿は、
親が大好きな人、親を大切にしている人、親に感謝している人は、
不快になるだけなので読まないように。
共感も理解もできないだろうし、説教や反論をしたくなるだろうから。
普通の親の元で育った人達には、想像すらできない歪みだと思うから。
時々、ここに「私は育ちが悪い」ことを書くようになった。
今日は具体的に書いてみる。
私は親が嫌い。
今もそのトラウマでうなされることがある。
親に関係する子供時代の嫌なことだけを、今だに思い出す。
許せないことばかりがフラッシュバックする。
そういう時、耳鳴りが大きくなる。
ストレスマックスなんだと思う。
目に見えるような虐待をされたわけではなかったし、
外面は良かったから、余計、思い出しては心が苦しくなる。
だから「親孝行」という言葉が大嫌いだ。
子供を放置したり酷いことを言ってきた人を、なぜ大切にしなくてはならないのか。
衣食住揃えてくれて、育ててくれたから?
家畜みたいな扱いでも?
感謝できる普通の親に育ててもらえたら、私もこんなには歪まなかったと思う。
父親は7年前に亡くなった。
もう忘れかけてる。
いつもにこにこしていた人なのは良かったが、
本当に何もしない人だった。
遊んでくれた記憶もないし、何かちゃんと話したこともない。
恨みはないけど、もうちょっと何かを教えてくれても良かったと思う。
母親はまだ生きている。
85歳だと思う。
もう3年会ってない。
連絡もしてない。
連絡も来ない。
ヘルパーさんを頼んでいるけど、
ただハンコを押すだけの書類さえやらないで、
ケアマネージャーさんを通して、こっちに手間を押し付ける。
書類や手続き関係を全部やってもらって当然だと思っている。
そのへんはまあ良いとして。
私が小学生~高校生の頃。
私によく言ってた母親の言葉は、
「役に立たない」
「取り柄がない」
「可愛くない」
「赤ちゃんの時だけは可愛かった」
「はやく働け」
「つんぼ!」
「家にお金を入れろ」
「積極性がないからダメ」
「頭の良い友達と付き合え」
「世間体が」
「恥ずかしくないのかね」
「アタシ、お〇ぱい大きいって言われた♪」
これらを何度も何度も言われた。
今も思い出してうなされる。
思い出して、時々、涙も出てくる。
小学生の時、留守番をしていただけなのに、
帰宅するなり「遊んでばかりいて役立たず」と言われた。
「だからアンタはダメ」と。
いやいや、家にいたし遊んでないよ。
1人で本を読んだり、テレビを見たりしていただけ。
つまり、母親的には気を効かせて家事をしておけってことだったんだろう。
夕飯くらい作って待ってろってことだったんだと思う。
教えてもくれないのに、小学生でそれはできなかったよ。
放置されていたので、留守番ばかりだった。
そのたびに、「何もしない子供だ」「遊んでる」と怒られていた。
どこかに連れて行ってくれたこともなかった。
連れて行ってくれるところは、親戚の家ばかり。
あっちの親戚の家、こっちの親戚の家、両親の実家など、
そこに1人で泊まらせられたことが何度もある。
当時はイトコ達と遊べて楽しかったけど、
よくよく考えたら、
叔母さん達は姪っ子の面倒を押し付けられて迷惑だったと思う。
そういう母親の無神経さ。
何かしょうがいがあるんじゃないかと疑っている。
それと私が何か失敗すると、(習い事・部活・アルバイトなど)
「ほれ見たことか、出来ないと(続かないと)思ってたよ(笑)」と笑う。
頑張ったことをほめるわけではなく、私の失敗を喜び笑う。
そう言えばほめられたことは一度もない。
可愛い服を着たり、美容院に行き髪型が良くなってる時でも無視。
楽しそうにしているのも気に入らない様子だった。
私のことは「手がかからない」と人に自慢していた。
それ全然、ほめてないから。
自慢になってないから。
手がかからないように押さえつけてただけ。
それでも子供だったから、親の手がかからないのが良いことで、
親の言う通り、人の迷惑にならないように生きてきた。
それは親に恥をかかせるな、ってことだったんでしょうね。
つまり「真面目」に生きた。
だから「真面目」って言われるのが大嫌い。
耳が悪くなったのも、小学生の頃、高熱が出たのに放置されたからだと思ってる。
寝れば治る的な扱いだった。
その時から、耳の聞こえが悪くなったと思ってる。
その後、学校の聴力検査で要再検査が出た時、
一度だけ病院に検査に連れて行ってくれた。
検査した証明の書類を学校に提出しなくてはならないからだろう。
それで役目を果たした感じのことを何度も言ってた。
「日常生活には支障がないし、ちょっと耳が悪いくらいたいしたことない。大丈夫でしょ」と。
だから、学校の先生に難聴なのを伝えてくれたこともない。
私も周りに隠していた。
耳が悪いのは恥ずかしいことだと勘違いしていた。
普通の中学校・高校・短大に進んだし、クローズでアルバイトも色々やった。
クローズで就職もした。
本当なら無理があったのかもしれないのに。
守ってくれるどころか、
もっと積極的に行動しろ。
そしてお金稼いでこい的な感じだった。
そして聞き返すと「つんぼ!」と怒鳴られた。
そう言えば、小学校の検査で「虫歯」が発覚しているのに、
歯医者に連れて行ってくれなかった。
小3か小4で、小遣いを持って1人で歯医者へ行った。
子供だったから、治療ができているのかよくわからなかった。
凄く痛かった。
その時の痛みが恐怖で、今も歯医者が怖い。
そして、今、歯が悪い。
歯が悪いことを母親に言ったことがある。
そしたら「アタシだって悪いよ。アンタだけじゃない」と。
いや、そういうことじゃなくて、
母親自身も歯が悪いんだから、
自分の子供には少しでもそうならないようにしてあげるのが親なんじゃないの?
全てがそんな感じ。
母親自身がした苦労は、全部、私も同じようにするべき的な。
こんな親の元で、私は頑張って生きたと思っている。
運動神経はまぁまぁだったから、運動会や体育やスポーツ大会で活躍してたし、
各リーダーとかキャプテンとかもやってた。
頭は中の上くらいだったけど、毎年、学級委員に選ばれてた。
外面は良かったのかもしれない。
結婚で親から離れることができて本当に良かったと思ってる。
結婚する時も、もっと良い相手はいなかったのかとずっと怒って来た。
世間体に自慢できるような(高スペックの)相手が良かったってことだろう。
いやいや、母親が私を罵っていた内容通り、
役立たずで、取り柄がなくて、可愛くなくて、つんぼなんだから、
母親の思うような相手なんかと縁があるわけないじゃん。
そのように育ててきたんだし、そのようになっただけ。
私が結婚できたのは奇跡に近いのに、
それすらわかってない。
大人になってから、子供時代の辛さを具体的に何度か母親に訴えたことはある。
でも話しが通じない。
ほとんど覚えていないし、そんなこと言ってないと言うし、
「一生懸命、可愛がった」と、のたまう。
可愛がってる子供に、そんな酷いこと言えるの?
あげくは、
「いい年して、いつまで子供時代のささいなことに拘っているのか」
「いい年した娘にこんなこと言われた。(かわいそうなアタシ)」
と、被害者になる。
私が悪いのか?
母親が長年、私に仕掛けてきたくせに、
いざ、言い返されると被害者になる。
そんな母親に辛かったことを話しても、時間の無駄。
あげくは被害者のように振る舞うのがオチ。
母親の担当のケアマネージャーさんには、
子供時代、母親から精神的虐待を受けていて、
「会うと体調が悪くなるので、会いたくない」と伝えてある。
そういう家庭はよくあるらしく、
更新手続きなどの際、会わなくても大丈夫にしてくれてる。
配慮が有り難い。
「子供を愛さない親はいない」なんて嘘だし、
ネグレクトや毒親の子供は、
「いじめっこ」で「構ってちゃん」だと言ってたユーチューバーがいたけど、
それも嘘。
当事者でもないのに、いい加減なことを言う人も多い。
毒親側の人なのか?
親を大切にしない人は罰が当たると言うなら、
私は別に罰が当たってもいい。
あの老親を今から大切にするとか、無理。
大切にする方法もわからない。
母親は遺族年金と合わせて、年金を月20万も貰ってる。
通帳に2ヶ月に1回、計40万円が記帳されていたので年金額がわかった。
高給取りじゃなかったし、
年金支払いの義務化前が長かったのにこんなに貰えてる世代。
ヘルパー代は月5000円位。
持ち家で独り暮らしには、十分な額。
それなのに、お金がない、お金がないと、
子供時代から、今も言ってる。
父親が亡くなった時に、各銀行を回ったから、母親の貯金額は知っている。
支店長が応接室に招いてくれる額。
ケチだから、今、もっと増えているだろう。
母親のことは一生許せない。
許したくもない。
生きている限り、恨んでいる。
だけど、その遺産をちゃんと遺してくれれば、少しは許すかもしれない。
母親が何もしなければ、法律上、全て私の取り分となる。
慰謝料みたいな感覚。
その前に、相続税も多いかもしれない。
各種手続きも大変だろう。
あの古家をどうするか。(要らない)
モノを捨てられない母親の古家の中の整理を考えたら、頭が痛くなる。
業者に頼んだら100万円位かかりそうだ。
こんな罰当たりなことを、日々、考えている。
罰当たりだから、あの母親より、私の方が先に逝くかもしれない。
そうなると、私の子供達にケチな母親の遺産がいくから、
それはそれで良いかもしれない。
私の娘は、私なんかよりずっと頭も顔も良いので、
そういうことをキチっとやって、私の息子達(娘の弟)をリードしてくれるだろう。
これが私の本性です。
耳と歯が悪くなったのも、罰が当たったんでしょうか?
はやく楽になりたい。
以下、追記。(5/8)
子供時代、母親に何度も言われた言葉。
その他にもあった。
この投稿後に思い出した。
「(家を)出ていけ!」
「面倒見てやってる」
「〇〇ちゃんのお母さん、太ってていつも汚い恰好してる(笑)」
小中学生の子供に「家を出ていけ」と怒鳴る親ってどうよ。
私がもっと賢かったら、児童相談所へ行ってただろう。
不良だったらほんとに家出していただろう。
でも仮に児相に駆け込んでも、明確な虐待があるわけではないから、
すぐ家に戻され、そして「恥をかかすな」的な暴言吐かれただろう。
面倒見てやってるから感謝しろってこと?
わざわざ小学生の娘に言うことなの?
それと気に入らない私の同級生のお母さんを、私の前で貶してた。
なんで馬鹿にするのか疑問だった。
当時、安アパートに住んでるのは同じだったし、
〇〇ちゃんちの方が古くて狭いアパートだったけれど、
〇〇ちゃんは頭が良くて学区の都立トップ校へ行ったし、
国立大学にすんなり合格してた。
馬鹿にして下に見てたようだけど、
〇〇ちゃんのお母さんの方がずっとずっと優秀だったってこと。
小学校から私立に通ってた近所の子のことも貶してた。
「小学校からわざわざ電車で通学するなんて馬鹿みたい」と。
いやいや、そのおうちは学もお金もあったということなのに。
あの時代(55年くらい前)に小学校から私立で、目黒に持ち家。
貶す相手じゃないのに。
今、私と母親は絶縁状態になっているから、
娘が面倒を見てくれない、かわいそうなアタシを演じていると思う。
酷い娘さんだと、周りに言われてるのだろう。
いや、本気で被害者だと思っているかもしれない。
それで満足してそうだ。
娘に酷いことをされている被害者でいられるんだから。
酷いことをしてきたのは、そっちが先。
それがトラウマで、今も精神状態が悪くなることがあるのだから、
私は誰にどう悪く言われても平気。
母親と会いたくない理由があるのだから。
もう母親が生きているうちには会わないつもり。
この心理は、普通の親だった人達には絶対わからないだろう。
私と同じような育ちの人だけがわかる心理。
亡くなっても連絡しなくていいとか、
火葬代行というシステムもあるくらいだから。
以上、追記。
親が大好きな人、親を大切にしている人、親に感謝している人は、
不快になるだけなので読まないように。
共感も理解もできないだろうし、説教や反論をしたくなるだろうから。
普通の親の元で育った人達には、想像すらできない歪みだと思うから。
時々、ここに「私は育ちが悪い」ことを書くようになった。
今日は具体的に書いてみる。
私は親が嫌い。
今もそのトラウマでうなされることがある。
親に関係する子供時代の嫌なことだけを、今だに思い出す。
許せないことばかりがフラッシュバックする。
そういう時、耳鳴りが大きくなる。
ストレスマックスなんだと思う。
目に見えるような虐待をされたわけではなかったし、
外面は良かったから、余計、思い出しては心が苦しくなる。
だから「親孝行」という言葉が大嫌いだ。
子供を放置したり酷いことを言ってきた人を、なぜ大切にしなくてはならないのか。
衣食住揃えてくれて、育ててくれたから?
家畜みたいな扱いでも?
感謝できる普通の親に育ててもらえたら、私もこんなには歪まなかったと思う。
父親は7年前に亡くなった。
もう忘れかけてる。
いつもにこにこしていた人なのは良かったが、
本当に何もしない人だった。
遊んでくれた記憶もないし、何かちゃんと話したこともない。
恨みはないけど、もうちょっと何かを教えてくれても良かったと思う。
母親はまだ生きている。
85歳だと思う。
もう3年会ってない。
連絡もしてない。
連絡も来ない。
ヘルパーさんを頼んでいるけど、
ただハンコを押すだけの書類さえやらないで、
ケアマネージャーさんを通して、こっちに手間を押し付ける。
書類や手続き関係を全部やってもらって当然だと思っている。
そのへんはまあ良いとして。
私が小学生~高校生の頃。
私によく言ってた母親の言葉は、
「役に立たない」
「取り柄がない」
「可愛くない」
「赤ちゃんの時だけは可愛かった」
「はやく働け」
「つんぼ!」
「家にお金を入れろ」
「積極性がないからダメ」
「頭の良い友達と付き合え」
「世間体が」
「恥ずかしくないのかね」
「アタシ、お〇ぱい大きいって言われた♪」
これらを何度も何度も言われた。
今も思い出してうなされる。
思い出して、時々、涙も出てくる。
小学生の時、留守番をしていただけなのに、
帰宅するなり「遊んでばかりいて役立たず」と言われた。
「だからアンタはダメ」と。
いやいや、家にいたし遊んでないよ。
1人で本を読んだり、テレビを見たりしていただけ。
つまり、母親的には気を効かせて家事をしておけってことだったんだろう。
夕飯くらい作って待ってろってことだったんだと思う。
教えてもくれないのに、小学生でそれはできなかったよ。
放置されていたので、留守番ばかりだった。
そのたびに、「何もしない子供だ」「遊んでる」と怒られていた。
どこかに連れて行ってくれたこともなかった。
連れて行ってくれるところは、親戚の家ばかり。
あっちの親戚の家、こっちの親戚の家、両親の実家など、
そこに1人で泊まらせられたことが何度もある。
当時はイトコ達と遊べて楽しかったけど、
よくよく考えたら、
叔母さん達は姪っ子の面倒を押し付けられて迷惑だったと思う。
そういう母親の無神経さ。
何かしょうがいがあるんじゃないかと疑っている。
それと私が何か失敗すると、(習い事・部活・アルバイトなど)
「ほれ見たことか、出来ないと(続かないと)思ってたよ(笑)」と笑う。
頑張ったことをほめるわけではなく、私の失敗を喜び笑う。
そう言えばほめられたことは一度もない。
可愛い服を着たり、美容院に行き髪型が良くなってる時でも無視。
楽しそうにしているのも気に入らない様子だった。
私のことは「手がかからない」と人に自慢していた。
それ全然、ほめてないから。
自慢になってないから。
手がかからないように押さえつけてただけ。
それでも子供だったから、親の手がかからないのが良いことで、
親の言う通り、人の迷惑にならないように生きてきた。
それは親に恥をかかせるな、ってことだったんでしょうね。
つまり「真面目」に生きた。
だから「真面目」って言われるのが大嫌い。
耳が悪くなったのも、小学生の頃、高熱が出たのに放置されたからだと思ってる。
寝れば治る的な扱いだった。
その時から、耳の聞こえが悪くなったと思ってる。
その後、学校の聴力検査で要再検査が出た時、
一度だけ病院に検査に連れて行ってくれた。
検査した証明の書類を学校に提出しなくてはならないからだろう。
それで役目を果たした感じのことを何度も言ってた。
「日常生活には支障がないし、ちょっと耳が悪いくらいたいしたことない。大丈夫でしょ」と。
だから、学校の先生に難聴なのを伝えてくれたこともない。
私も周りに隠していた。
耳が悪いのは恥ずかしいことだと勘違いしていた。
普通の中学校・高校・短大に進んだし、クローズでアルバイトも色々やった。
クローズで就職もした。
本当なら無理があったのかもしれないのに。
守ってくれるどころか、
もっと積極的に行動しろ。
そしてお金稼いでこい的な感じだった。
そして聞き返すと「つんぼ!」と怒鳴られた。
そう言えば、小学校の検査で「虫歯」が発覚しているのに、
歯医者に連れて行ってくれなかった。
小3か小4で、小遣いを持って1人で歯医者へ行った。
子供だったから、治療ができているのかよくわからなかった。
凄く痛かった。
その時の痛みが恐怖で、今も歯医者が怖い。
そして、今、歯が悪い。
歯が悪いことを母親に言ったことがある。
そしたら「アタシだって悪いよ。アンタだけじゃない」と。
いや、そういうことじゃなくて、
母親自身も歯が悪いんだから、
自分の子供には少しでもそうならないようにしてあげるのが親なんじゃないの?
全てがそんな感じ。
母親自身がした苦労は、全部、私も同じようにするべき的な。
こんな親の元で、私は頑張って生きたと思っている。
運動神経はまぁまぁだったから、運動会や体育やスポーツ大会で活躍してたし、
各リーダーとかキャプテンとかもやってた。
頭は中の上くらいだったけど、毎年、学級委員に選ばれてた。
外面は良かったのかもしれない。
結婚で親から離れることができて本当に良かったと思ってる。
結婚する時も、もっと良い相手はいなかったのかとずっと怒って来た。
世間体に自慢できるような(高スペックの)相手が良かったってことだろう。
いやいや、母親が私を罵っていた内容通り、
役立たずで、取り柄がなくて、可愛くなくて、つんぼなんだから、
母親の思うような相手なんかと縁があるわけないじゃん。
そのように育ててきたんだし、そのようになっただけ。
私が結婚できたのは奇跡に近いのに、
それすらわかってない。
大人になってから、子供時代の辛さを具体的に何度か母親に訴えたことはある。
でも話しが通じない。
ほとんど覚えていないし、そんなこと言ってないと言うし、
「一生懸命、可愛がった」と、のたまう。
可愛がってる子供に、そんな酷いこと言えるの?
あげくは、
「いい年して、いつまで子供時代のささいなことに拘っているのか」
「いい年した娘にこんなこと言われた。(かわいそうなアタシ)」
と、被害者になる。
私が悪いのか?
母親が長年、私に仕掛けてきたくせに、
いざ、言い返されると被害者になる。
そんな母親に辛かったことを話しても、時間の無駄。
あげくは被害者のように振る舞うのがオチ。
母親の担当のケアマネージャーさんには、
子供時代、母親から精神的虐待を受けていて、
「会うと体調が悪くなるので、会いたくない」と伝えてある。
そういう家庭はよくあるらしく、
更新手続きなどの際、会わなくても大丈夫にしてくれてる。
配慮が有り難い。
「子供を愛さない親はいない」なんて嘘だし、
ネグレクトや毒親の子供は、
「いじめっこ」で「構ってちゃん」だと言ってたユーチューバーがいたけど、
それも嘘。
当事者でもないのに、いい加減なことを言う人も多い。
毒親側の人なのか?
親を大切にしない人は罰が当たると言うなら、
私は別に罰が当たってもいい。
あの老親を今から大切にするとか、無理。
大切にする方法もわからない。
母親は遺族年金と合わせて、年金を月20万も貰ってる。
通帳に2ヶ月に1回、計40万円が記帳されていたので年金額がわかった。
高給取りじゃなかったし、
年金支払いの義務化前が長かったのにこんなに貰えてる世代。
ヘルパー代は月5000円位。
持ち家で独り暮らしには、十分な額。
それなのに、お金がない、お金がないと、
子供時代から、今も言ってる。
父親が亡くなった時に、各銀行を回ったから、母親の貯金額は知っている。
支店長が応接室に招いてくれる額。
ケチだから、今、もっと増えているだろう。
母親のことは一生許せない。
許したくもない。
生きている限り、恨んでいる。
だけど、その遺産をちゃんと遺してくれれば、少しは許すかもしれない。
母親が何もしなければ、法律上、全て私の取り分となる。
慰謝料みたいな感覚。
その前に、相続税も多いかもしれない。
各種手続きも大変だろう。
あの古家をどうするか。(要らない)
モノを捨てられない母親の古家の中の整理を考えたら、頭が痛くなる。
業者に頼んだら100万円位かかりそうだ。
こんな罰当たりなことを、日々、考えている。
罰当たりだから、あの母親より、私の方が先に逝くかもしれない。
そうなると、私の子供達にケチな母親の遺産がいくから、
それはそれで良いかもしれない。
私の娘は、私なんかよりずっと頭も顔も良いので、
そういうことをキチっとやって、私の息子達(娘の弟)をリードしてくれるだろう。
これが私の本性です。
耳と歯が悪くなったのも、罰が当たったんでしょうか?
はやく楽になりたい。
以下、追記。(5/8)
子供時代、母親に何度も言われた言葉。
その他にもあった。
この投稿後に思い出した。
「(家を)出ていけ!」
「面倒見てやってる」
「〇〇ちゃんのお母さん、太ってていつも汚い恰好してる(笑)」
小中学生の子供に「家を出ていけ」と怒鳴る親ってどうよ。
私がもっと賢かったら、児童相談所へ行ってただろう。
不良だったらほんとに家出していただろう。
でも仮に児相に駆け込んでも、明確な虐待があるわけではないから、
すぐ家に戻され、そして「恥をかかすな」的な暴言吐かれただろう。
面倒見てやってるから感謝しろってこと?
わざわざ小学生の娘に言うことなの?
それと気に入らない私の同級生のお母さんを、私の前で貶してた。
なんで馬鹿にするのか疑問だった。
当時、安アパートに住んでるのは同じだったし、
〇〇ちゃんちの方が古くて狭いアパートだったけれど、
〇〇ちゃんは頭が良くて学区の都立トップ校へ行ったし、
国立大学にすんなり合格してた。
馬鹿にして下に見てたようだけど、
〇〇ちゃんのお母さんの方がずっとずっと優秀だったってこと。
小学校から私立に通ってた近所の子のことも貶してた。
「小学校からわざわざ電車で通学するなんて馬鹿みたい」と。
いやいや、そのおうちは学もお金もあったということなのに。
あの時代(55年くらい前)に小学校から私立で、目黒に持ち家。
貶す相手じゃないのに。
今、私と母親は絶縁状態になっているから、
娘が面倒を見てくれない、かわいそうなアタシを演じていると思う。
酷い娘さんだと、周りに言われてるのだろう。
いや、本気で被害者だと思っているかもしれない。
それで満足してそうだ。
娘に酷いことをされている被害者でいられるんだから。
酷いことをしてきたのは、そっちが先。
それがトラウマで、今も精神状態が悪くなることがあるのだから、
私は誰にどう悪く言われても平気。
母親と会いたくない理由があるのだから。
もう母親が生きているうちには会わないつもり。
この心理は、普通の親だった人達には絶対わからないだろう。
私と同じような育ちの人だけがわかる心理。
亡くなっても連絡しなくていいとか、
火葬代行というシステムもあるくらいだから。
以上、追記。