唐茄子はカボチャ

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スカイ・クロラ

2009年11月14日 | 映画 さ行
スカイ・クロラ [DVD]

VAP,INC(VAP)(D)

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いつもと同じ景色もいつもと同じじゃない・・
いつも歩いている場所も、いつもと同じに歩いているわけじゃない…
そんな感じの最後のセリフは、とても深いものがありますね。
それは、生き続ける限り殺し合いをさせられて、死んでも、また再生されて同じ殺し合いをさせられる人間の立場からのセリフと考えるととても重い言葉です。

毎日同じ繰り返しのように見えても、必ず変化がある。そこに希望を求めて、彼女に生きる選択を求め、絶対的な勝利者のティーチャ―に挑んでいくわけですね。
結末は、根性映画のように一発逆転とはなりませんでしたが、静かにではあるけれども、強く大きな変化を感じさせて映画は終わります。

煙草に火をつけなかったところがとても象徴的だし、もう一人の女の子の存在も新しい変化の兆しのような気がするし、その子をいたわるように肩に手をおいた男の人(名前が全然出てこなくてすいません)の行動も、その変化のように思えます。

だから、繰り返しで終わっちゃったという映画ではないところがとてもいいです。

戦争の位置づけそのものは自分にとってはいまいちかな?と思ってしまうところがあります。代理戦争みたいなはなしって、結構前にもあったからかもしれませんが・・・
リアルな戦争が平和を維持するための手段になっているところは、納得がいかないのです。
社会とかけ離れたところでの戦争をする意味がまずないし、そんな社会とかけ離れたところで起こっている戦争をわがことのようにみんなが恐怖するかというと、そうは思えないし・・・そんな戦争ゲームが人間に与える影響なんて全くないんじゃないでしょうか。国民世論を戦争に駆り立てるような影響はあるかもしれません。
そんなことで戦争と社会を切り離すことで社会が平和であるのなら、もう、すでに戦争のいらない社会になっていると思えるのですが…

そういう、設定自体は疑問があるのですが、仮にそういう設定の世界の中で、永遠の戦争を運命づけられた人たちがいるとしたら…その人たちは、その運命を永遠に受け入れるのだろうか…と考えると、面白い映画だと思いました。

映像がすごいです。細かいところまで気を使っていて、リアルです。
でも、リアルでありながら、彼らの現実感のない気持ちと同じようにどこかうすぼんやりしていたりして…
そして、音ですね。服の擦れる音とか、廊下を歩く音とか、そういうところを細かく音を出して、その音が聞こえてしまうリアルさが、また、現実とかけ離れた感じを強くさせます。