8/11に、広島電鉄 観音町電停で旧京都市電の1900形同士の並びを撮りました。
旧京都市電900形は1955年に間接制御車が15両、1957年に直接制御車が20両登場していました。
1970年には直接制御車の内、16両がワンマン改造されて1900形となりました。
ワンマン化に際して、側面は後扉を中央部に移設され、全周に渡ってオレンジ色の帯が巻かれました。
前面は大型の1灯式のヘッドライトが左右に2灯の小型ヘッドライトに変更され、行先方向幕の上のヘッドライトの位置にワンマンカーの表示が設置されて、概ね現在のスタイルとなりました。
京都市電の縮小に伴って1977年に2両、全廃に伴って1978年に13両が広島電鉄に譲渡されました。
広島電鉄に入線するに当たり、外観的にはワンマンカー表示が撤去されて行先方向幕が大型化され、中扉脇に車掌用の小窓が設けられました。
また、京都市電では扉全体が上半分のベージュ色の塗装でしたが、車体と同じく下半分は緑色に分けられました。
1980~82年に冷房化改造され、1両も引退せずに広電の主力として活躍しています。
京都時代の雰囲気をよく残した状態で活躍しており、京都時代に乗車したことのある自分には非常に懐かしいです。
写真は観音町電停付近のカーブですれ違う、左側は1906の3号線 西広島行き、右側は1901の3号線 広島港行きです。
3号線は西広島から紙屋町を経て、広島港を結ぶ系統です。
1900形も多く運用される系統のようです。
旧京都市電900形は1955年に間接制御車が15両、1957年に直接制御車が20両登場していました。
1970年には直接制御車の内、16両がワンマン改造されて1900形となりました。
ワンマン化に際して、側面は後扉を中央部に移設され、全周に渡ってオレンジ色の帯が巻かれました。
前面は大型の1灯式のヘッドライトが左右に2灯の小型ヘッドライトに変更され、行先方向幕の上のヘッドライトの位置にワンマンカーの表示が設置されて、概ね現在のスタイルとなりました。
京都市電の縮小に伴って1977年に2両、全廃に伴って1978年に13両が広島電鉄に譲渡されました。
広島電鉄に入線するに当たり、外観的にはワンマンカー表示が撤去されて行先方向幕が大型化され、中扉脇に車掌用の小窓が設けられました。
また、京都市電では扉全体が上半分のベージュ色の塗装でしたが、車体と同じく下半分は緑色に分けられました。
1980~82年に冷房化改造され、1両も引退せずに広電の主力として活躍しています。
京都時代の雰囲気をよく残した状態で活躍しており、京都時代に乗車したことのある自分には非常に懐かしいです。
写真は観音町電停付近のカーブですれ違う、左側は1906の3号線 西広島行き、右側は1901の3号線 広島港行きです。
3号線は西広島から紙屋町を経て、広島港を結ぶ系統です。
1900形も多く運用される系統のようです。
今年の4月末には広島港駅を利用したのですが、おっしゃる通り当駅では旧京都市電を頻繁に見かけました。
旧型に遭遇することが段々少なくなってきた広島電鉄ですが、これら京都出身の車両たちは旧型では最後まで残るような気がします。
それにしてもグッドタイミングでしたね☆
ご来訪頂きまして、有難うございます。
旧京都市電1900形は、広電でも使い勝手が良いようで全車が現役なのは嬉しいところです。
仰る通り、旧型車の中では最後まで残ると自分も想像しています。
活躍する両数が多いながら、並ぶところに出会う機会は中々無いので、運が良かったです。