モルモンの泉

個人的に信じていること、感じていることを書いてみました。
気楽に目を通していただけるなら幸いです。

祈り

2022-04-28 05:19:57 | モルモン書
主の道 4月28日
「主が…わたしの祈りを聞き届けてくださったことを思い出す」アルマ29:10


教会に入って間もない頃、
祈りの答えを受けることが難しく思えました。

そこで祈りました。
「わたしの心が鈍いので、分かるように答えてください」

何度も繰り返すうちに声が聞こえました。
「あなたが分かるようになりなさい」

祈りが変わりました。
「どうすれば分かるようになりますか?」

面倒臭いヤツですよね w


諦めることなく求め続けるなら、祈りは聞き届けられます。
‟諦めなければならない理由”はあるでしょうか。
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平和を作り出す人の道

2022-04-27 05:50:10 | 総大会
喜びの便り 4月27日
わたしたちは平和を作り出す人の道を選びます
(イエスに従う-平和を作り出す人になる アンダーセン長老)


モルモン書はニーファイ人とレーマン人との戦いの歴史です。
彼らは何のために戦ったのでしょうか。
戦いは同じでもその心(霊的)には違いがありました。

モロナイは人々の心を見て司令官を辞退しました。(モルモン3:11)
彼らの戦いは「平和を作り出す」ためではなかったからです。

‟ヒラマンの息子たち”はどうだったでしょう。(アルマ53:16~)

霊的な意味で、わたしたちはどのように戦うべきでしょうか。


福音を受け入れたとき、家族の反対に遭いました。
宣教師になるときにはさらに大変でした。
福音によって平和が失われました。

今は平和に暮らしています。
でも、心のあり方を誤るとまた同様のことがあるかもしれません。


地上に平和をもたらすためにわたしが来たと思うな。平和ではなくつるぎを投げ込むために来たのである(マタイ10:34)
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神に使われる喜び

2022-04-27 05:38:23 | モルモン書
主の道 4月27日
「神の御手に使われる者となって幾人かでも悔い改めに導けること…がわたしの…喜びである」アルマ29:9


神の御手に使われることは喜びでしょうか。
成果が見えたときに喜ぶことができます。

‟目に見える成果”がすぐに現れるならいいのですが、
大抵の場合はそうではないようです。

実を結ぶのはいつも苦難と忍耐の後です。
その時が来て、やっと喜ぶことができます。

喜ぶのはその時まで‟お預け”でしょうか。
いえ、その未来を思い描いて喜ぶことができます。

希望のために努力しているなら、
信仰によって今喜びがもたらされます。

信仰に応じて与えられる御霊の導きがあるので、
今を喜んで努力することができます。
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愛の支え

2022-04-26 05:47:18 | 総大会
喜びの便り 4月26日
キリストの役割について確固とした証…、霊的知識と確信…、聖約は…支えとな…る
(しかしわたしたちは彼らのことを気に留めなかった べドナー長老)


周りの人々の‟顔色をうかがいながら”日々を生きています。
「こうすれば喜んでもらえるだろうか」
「こんなことをしたら機嫌を損なうかも」
それは普通のことではないでしょうか。

キリストへの信仰があるなら主のことを考えます。
「こうすれば主に喜んでもらえるだろうか」
「こんなことをしたら御霊が離れてしまうかも」
そんなことを思いながら生きています。


どちらも大切です。
そのバランスが人生を左右するようです。

周りの人を気に留めない(無視する)なら、
キリストの愛を忘れていないでしょうか。

キリストへの証と霊的な確信、聖約は
‟神と人を愛する”ための支えです。
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主の勧告

2022-04-26 05:31:20 | モルモン書
主の道 4月26日
「主は正しく真実なことに応じて勧告される」アルマ29:8


過ちによって落ち込んでいる人に、
「そのままで大丈夫」と慰めの言葉を掛けたくなります。

誰かとの問題に悩んでいる人に、
「あなたは悪くない」と励ましたくなります。

その人自身の問題点が見えても、
「今そんなことを言わなくても…」と考えてしまいます。

慰め励ます代わりに、
傷に塩を塗るようなことになるのではないかと心配になるのです。

誰もが傷口に触れてほしくはないと思います。
わたしもそうです。

それでも‟傷を癒すための塗り薬”を求めるなら、
覚悟をもって‟主の勧告を受け入れる”必要があるようです。
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