風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

ことば

2009年10月02日 19時03分25秒 | エッセイ、随筆、小説





久しぶりにテレビのスイッチをONに。
すると、オリンピック招致プレゼンの真っ只中で、
シンガポール在住の15歳の体操少女が満面の笑みを添え、スピーチをはじめるまさに瞬間だった。
そこから日本のプレゼンははじまった。

言葉ってすごいなぁ・・・・・とあらためて思った。
いいや、思わされたといった方が正解かもしれない。
失敗の許されない責任重大な場面において、
少女も大人たちも、心の、熱の、力のこもった言葉を話していることに、私は呆然とした。

言葉といえば、私の拙い英文では気持ちが伝えきれないと思い、
日本語で綴ったエッセイを、一方的に別れを切り出して終焉をしたと思い込んでいる彼に送った。
以前、ネイティブアメリカンが「つむじ」について触れた文章をみつけ、
私たちにはつむじや指紋があって、それは風の容れ物だという神話を日本語で伝えたとき、
完璧に英訳したことがあったので、今回の私のエッセイも、英訳して理解できると信じている。
指紋は風で、それがあるから人間は繋がり合えるのだということを確か書いた記憶がある。

これだけやってみてダメなら、私の言葉が軽かったのだときっぱりと諦めることにすると決めた。
私の頭の片隅には、今でも残っている言葉がある。
“障害を持っていても、それを僕たちはシェアすればいいじゃないか”と。
その言葉は嘘だったの?とは聞かない。
問いただしたりもしないわ。
でも、その言葉が嘘だったと信じるには、考える以上に私たちには時間が必要なことを
あなたは知らないと思った。

自分の言葉を信じよう。
そしてその言葉が彼の心を動かすにいたらぬものだったなら、きっぱりと諦めることにする。
夢をみていたと思えるかしら?
長い長い、あまりにも甘く、幸せ過ぎた夢だと。

 


 


大切なもの

2009年10月02日 06時29分35秒 | エッセイ、随筆、小説






当然だとは思ったが私の様子がおかしいことを察知したらしい。
君は僕といても幸せではない日々を過ごしているのだと感じたのだけど・・・・・とあるので、
そうよ、と思った。心の中で。

強い口調で何かを伝えたわけではない。
嫌いだとか、あなたとはやっていけないなどという本心にない言葉を発した覚えもない。
きっと、私が残したメッセージが留守番役のレコーダーに残っていたことに驚いたのだろう、
持ち主の声が吹き込まれたメッセージの電子音のあとに、短く、もしチャンスがあれば連絡を、と告げた。

電話ではなくメールが届いたのは、それから半日以上経過した後だった。
幸せな人生を・・・・とあった。
短い間だけど、僕は夢のような時間を過ごすことができた、と。
未熟な私の英文のせいか、
彼が宗教を持っていることに触れたのが私たちの温度差になったのかは不明だ。
でも、メールで、短く、一方的に。
私ははじめて彼に対して怒りを感じている。

歩み寄ればいいじゃない?
お互いの価値観や宗教観や人生観をとことん話し合って、歩み寄ればいい。
それができると思って信じていただけに、彼の弱さをみたような気がして、すこし私は動揺している。
それは彼との別れを望んではいないからだろう。

弱った身体を補うように、言葉だけは長け、強さを増したように自分をみていてそう思う。
だから罪悪感を持つ。
必要以上に感受する感情の渦にのみ込まれてしまうように、
相手の心が私の内側にやってきて、こんなに痛みを感じているのよ、と言ってるのだもの。

障害をもったことによって諦めてきた恋だったが、
そう思わなくていい、罪悪感に苛まれることなく恋をしてもいいんだと教えてくれたのは彼だった。
だから私は飛び込んだ、彼の胸に、腕の中に、心に、人生に、迷いなく飛び込むことができた。

終わってしまうのだろうか・・・・・という今朝の雨のように、窓に滴る雫が心の中に結露を滲ませていく。
きっと私のことだから、あなたに任せるわなどという言葉を言うのだろう。
でも、一生懸命やりつくしていないという思いが残っているために、
はじめての後悔を味わうのだろう、しかも、一生ものとして。