眞由美さん、こんにちは。
しばらくでした。
そう、日曜にマリーナに行かれたのですね。
お目にかかれず残念でした。
私はもう1年以上マリーナには行っていないのです。
別に身体のどこがどう具合が悪いというわけではないのですが、
「フネに乗ろう」という元気が出なくて足が遠のいてしまいました。
昨年末にいただいた貴方のメールから厳しい状況が伺われ気にはなっていました。
身体の状態は落ち着いておられるようでよかったですね。
難病は気長に付き合って行かなければならないので、
焦らずに我が身の一部にするつもりで対処するとよいかもしれません。
私がどうにかできるものでもありませんが、
何か話したいことでもあればいつでも話しかけてください。
貴方もお身体ご自愛ください。
*
難病を、しかも私よりも重く苦しい病気を抱えているヨットクラブの先輩から手紙が届いた。
秀才で生きてきた彼に病が発症したのは大学2年のときだったと聞いた覚えがある。
以前、医療放棄をしてもう30年になるのだという話題が突如浮上したとき、
私には現実がわからなかった。
すでに、私の身にも病が発症していたというのにだ。
彼が味わったであろう悔しさや悲しさや絶望という類を想像するには無知過ぎた。
この優しさの裏にはどれだけの葛藤や挫折や死が手招きをするような出来事があったのかと思うと
そっと抱きしめたい気持ちになることを私は知っている。
徐々に硬直していく筋肉は、指先を麻痺させ、足の筋肉を奪い、24時間介護になるまでに
そう時間がかからなかったと言われたとき、私は押し黙ったまま顔をあげることができずにいた。
いつでも話しかけてください。
心のこもった、優しさに溢れた、人間性という意味では誰も適わないのだと、この一言から窺える。
静かに死を待つ彼の難病を考えずに、私が生きている価値があるのかと感情をぶつけたのが
彼のいう昨年末の私が送ったメール、痛みに耐えられなくなっていた。
たとえば自由に歩けないことを恨んだのだろうか、不安定な精神、24時間継続する肩から上の激痛、
でも、私の病は死を前提にはなされていない。
たぶん、死なせて欲しいといった愚痴を彼に送ったのだろう、
あなたを想うと胸が痛む・・・・・とだけ短い返信が彼から届いたとき、
私は酷な内容の手紙を送った自分というものに気付かされた気がした。
そして、なんと愚かな人間であるのかと、自分の未熟さを恥じた。
心地よさそうに髪が風に流される彼の姿を船上で眺めたのは、もう何年も前の夏の終わりのことだった。
宝石のようにきらめく水面に目を細めながら、小麦色に焼けていく肌にローションを塗ったのは私で、
感覚のない脚をさすり、その冷たさに愕然とさせられた。
たぶん気付かれたのだろう、ショックを受けるなら触るな、と平然と言われた記憶がおぼろげに残っている。
しかも、彼は笑顔を浮かべていた。
いつでも話しかけてください。
いつでも話しかけてください。
私は支えられて生きているのだということを彼に思い知らされる瞬間があって、
彼の難病を考えたとき、素直にならざるを得ない自分がいる。
常に降参させられるのだ。
この優しさという武器の前では唯一、素でいられる自分というものを発見する。