9月9日放送のNHK『ためしてガッテン』が反響を呼んでいる。テーマは、「肩こり治療の最前線」。番組内で紹介されたのは、群馬県前橋市のあるクリニック。
同院の院長は、まず肩こりに悩む男性患者をベッドにうつ伏せに寝かせ、首筋から肩にかけてエコー(超音波装置)を当てる。エコー画像には筋線維が映し出されるが、中でも肩の辺りに青白く光った筋が確認できた。
「この部分が、悪いところになります」
そう話す院長がおもむろに用意したのは、一本の注射器。中に入っている液体は、10ccほどの生理食塩水だった。
「じゃ、ここに入れますよ」
そんなひと言で、プスっと患部に注射すると…。
「あれ、全然違う! 腕がもう回るようになった!」
患者は仰天し、目を丸くするばかり。
そして、再びエコーを当てると、先ほど青白く光っていた筋は消えていた。番組は大反響で、NHKのホームページ『週刊みなさまの声』には2000件超の書き込みが殺到。再放送希望の声も多数届いているという。
国内の患者数が約1200万人ともいわれる“国民病”の肩こりだが、なぜ生理食塩水を注射するだけで症状が劇的に改善されたのか。
その秘密は、エコー画像に映っていた「青白く光る筋」にあった。これは「筋膜」と呼ばれる組織で、肩こり治療の最大のキーポイントとなるものだ。番組にも登場した首都大学東京健康福祉学部の理学療法士・竹井仁教授が解説する。
「いくつもの筋の上をボディースーツのように覆い、ひとつの筋肉自体も覆い、筋内部の筋線維も覆い、さらに内臓も覆っているのが筋膜です。そして、最新の研究で、この筋膜にこそ肩こりの原因があることがわかってきたんです」
そもそも肩こりとは、机に座ってパソコンと向き合い続けるなど、筋肉が収縮した状態が続き、血流が悪くなって筋肉が固まってしまった状態のこと。
肩こりを根治する治療法は少なく、これまでは固まった筋肉をマッサージや指圧で揉みほぐしたり、叩いたりすることが一般的だった。
ところが最新の研究では、揉みほぐしても叩いても、肩こりは治らないどころか、かえって完治を妨げていることが判明したのだという。
もともと筋膜はどの部分でも同じ厚みなのだが、繰り返し揉むなどすると、特定の部分に“しわ”のように寄り集まって癒着してしまう。
「筋膜というのは、使いすぎたり、間違った使い方をすると、筋肉を覆う筋外膜の特定の部分に“コラーゲン線維とエラスチン線維が寄り集まって(高密度化)”しまい動きが硬くなってしまうんです。
その高密度化した部分は水分が失われて粘り気を増し、ますますほぐれにくくなる。この高密度化が、筋自体を硬くして多くの肩こりの原因になっているのです」(竹井教授)
番組内のエコー画像で青白い光の筋として映し出されていたのは、まさにこの筋膜がこり固まった部分だった。
そこで登場するのが、番組でも紹介されていた「生理食塩水」だ。筋膜の癒着部分にピンポイントで生理食塩水を注入することで、こり固まっている部位に水分が浸透し、癒着が解放される。
すると、痛みもすっかり改善するという。エコー画像の青白く光る筋が消えたのは、筋膜の癒着がはがれ、しわが伸びたことを意味していた。しかも生理食塩水は人間の体の成分に近いため、副作用の心配もまずないのだという。神経の近くでも施術でき、血圧低下等の合併症もほとんどないそうだ。
肩こり以外にも効果的だ。首回りや腰、上腕や大腿部など、癒着した筋膜にトリガーポイント(痛みの発生箇所)が存在する症状では、生理食塩水の注射で多くが改善するのだという。
筋肉に負荷をかけ続けた結果、筋膜が癒着してしまったアスリートに対しても、この生理食塩水の注射でパフォーマンスの向上が見られたというデータもある。
また、マッサージでは正確な患部を漠然としか把握できないが、エコーを使うことでこっている筋膜の部位がはっきりと可視化できるのも、この治療法の画期的な点だ。エコーと注射、そして筋膜の発見。これら全てが合わさって初めて日の目を見た治療法だった。
「筋膜の研究は40年ほど前から盛んに行われてきましたが、肩こりとの関係で科学的に注目されてきたのは10年ほど前からです。これまでは肩がこったら筋肉をほぐせばいいという考え方でしたが、筋膜をリリースすることが重要だったのです。
筋膜は、“医学界のシンデレラストーリー”と呼ばれ、今では“医学界のスーパースター”へとその地位を引き上げたのです」(前出・竹井教授)
もちろん、筋膜への注射治療によって肩こりが治っても、同じように肩に負担のかかる姿勢を続けていれば、いずれは再発する。