東京電力福島第1原発の事故は、いよいよ先が見えなくなってきた。東電の勝俣恒久会長(71)は30日の会見で第1原発1-4号機の廃炉を明言したが、そこに至るまでの原子炉の安定には「時間がかかる」と語るのみ。実際、多くの専門家が収束の時期を「分からない」とし、制御不能からメルトダウン(全炉心溶融)に至る悲劇的なシナリオまで描かれ始めている。最終的な処理には25年かかるとの声もあるが、そのゴールはまだ見いだせないままだ。
「破局的な状況にならないでほしいとずっと願っている。しかし、それを『食い止められる』と自信を持って断言できない状態が続いている」
京都大原子炉実験所の小出裕章助教はこう語り、声を落とした。
現在、やるべきことは「原子炉を冷やすこと。これは明白だ」。ところが、消防用ポンプなどでいくら冷却水を注いでも、水は蒸発する一方。蒸発しなかった水は、高濃度の放射能に汚染されたうえでタービン建屋にまであふれ出した。
この放射能汚染水が作業を阻み、せっかく電源が復旧しても備え付けの冷却用ポンプが動かせない。「やるべきことは分かっているけれど、それができないという状況」(小出氏)と、現在は手詰まりに近い状態だ。
原子炉を100度以下の「冷温停止」にするには、冷却水を注ぐ据え付け型の大型ポンプと、原子炉建屋内で海水を循環させるポンプの作動が必要となる。2種類の冷却機能が働けば「通常なら1-2日で冷温停止の状態になる」(東電関係者)という。
ただ、東電の勝俣会長は30日の会見で「最終的な安定には時間がかかる」とし、具体的な収束までの期間を示さなかった。「正直に申し上げて、原子炉、格納容器、プールの燃料棒の状況を正確に把握するのが難しい状況にある」といい、東電のトップでさえ被害の全容をつかめていないことが明らかになった。
内閣府の原子力委員会で原子力防護部会の専門委員を務める独立総合研究所社長の青山繁晴氏は、冷却作業の現状について「人災によって停滞している」とみる。
「作業員の被曝など作業環境の問題も大きいが、大量の放水によって構内に放射性物質で汚染された水が満ちるのはあらかじめ予想できた。原子力安全委員会は、この汚染水の処置をどうするか先回りして考えておくべきだったが、それを怠り、斑目春樹委員長は『知識がない』とまで言い放った。原子力安全・保安院や東電の不手際から首相官邸の統合指揮の不在まで、人災の度合いが日々、強まっている」
■試行錯誤…ハードルだらけ
真っ先に対応すべき冷却装置の作動まで、どのくらいの時間がかかるのか。
「長期化は避けられない。汚染水をいったんタンカーに積むか、あるいは汚染水を排水ポンプでくみ上げ、吸着材を通して塩分と放射性物質を除去し、それを給水ポンプで原子炉と使用済み核燃料プールに送るという新たな循環システムを構築するなど、未知の挑戦も必要だ」(青山氏)
原子力施設の安全に詳しい技術評論家の桜井淳氏も、「まだ、事故の全体像のほんの1割ぐらいしか見えていないのだろう。収束どころか、これはまだ『始まり』といえる」と指摘する。
「試行錯誤の対応が続いている。そもそも、汚染水をタンカーに移す処置など、世界でこれまで例がない。かりに、安定した状態に持ち込んで廃炉への作業が開始できても、原子炉の放射能封じ込めなど数多くのハードルがある。最終的な作業の完了は、四半世紀レベルの話になる」
日本の原発は、廃炉の際に解体して更地に戻すのを前提としている。それが25年で完了するかも怪しいが、いずれにしても膨大な資金が必要なことは間違いない。
「放射能封じ込めなどに手間取り、2兆円はかかるとみている。住民への補償を含めれば、もう1兆円は必要で、計3兆円。1970年代初めに米国で行われた原子炉安全性研究では、100万キロワット級の原発が炉心溶融して格納容器が破壊され大量の放射能が出たという想定で、被害額は数兆円という結果だった。図らずも、この試算が実証されてしまうことになるだろう」(桜井氏)
現在のところ、肝心の原子炉はおろか、作業員の被曝状況や原発周辺の土壌汚染の実態も正確には明らかになっていない。桜井氏は「今回の事故は『スリーマイル島以上、チェルノブイリ未満』といわれるが、限りなくチェルノブイリに近い状況といえる」と悲観的。おそらく、多くの関係者や専門家も同じ思いだろう。