NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』がますます好調だ。生活総合誌『暮しの手帖』を創業した大橋鎭子さんをモチーフにした主人公の小橋常子(高畑充希)が、『あなたの暮し』を創刊。初週から現在まで20週連続で視聴率20%の大台を超えているが、雑誌作りが始まるとともにさらにうなぎ上り。雑誌の目玉企画となる「商品試験」の放送が始まった翌日、17日の放送回は平均視聴率25.9%と、番組過去最高を記録した。
「企画が決まっていく過程の面白さや、編集者たちが悪戦苦闘しながら雑誌を作っていく様子に引き込まれます」(49才・主婦)
その舞台は、銀座のレトロな雰囲気のビルの一角にある編集部。実はそれは『あなたの暮し』のモチーフになっている『暮しの手帖』編集部の当時の様子を取材したうえで、NHKがオリジナルで制作したもの。本誌記者がその美術セットで見たのは、驚くような細部へのこだわりだった。
記者が編集部のセットに足を踏み入れると、真っ先に飛び込んできたのが格子のついた広い窓と白い壁。恥を承知で告白しますが、本誌・女性セブン編集部の雑然とした雰囲気とはまるで違って趣があり、日当たりもずっと良さそうだ。
「『あなたの暮し』は公平さをモットーにしていることから、無色透明なイメージが浮かびました。なのでセットはとくに色をつけずに白にし、“朝ドラのヒロインは光を背負った明るい場所にいるべき”と考えて、窓を増やしました」
そう語るのは、NHKデザインセンター映像デザイン部チーフデザイナーの近藤智さん。近藤さんはこれまで大河ドラマ『義経』『武蔵 MUSASHI』などの美術を手がけてきた美術制作のプロだ。
記者がセットで注目したのは、実在の名編集長・花森安治さんをモチーフにした花山伊佐次(唐沢寿明)が使っている、編集部の奥の方にデーンと鎮座する青っぽい机。
「花森さんは机を何度も塗り直して使っていたそうです。その色が青だったらしいので、100色くらいの青い色のなかから、当時の関係者にいちばん近い色を選んでもらいました。長年大事に使ってきたということが伝わるよう、塗っては剥がしてという具合に古びた感じを出しました」(近藤さん)
机の上には多くの文房具が並んでいるが、これらも花山の個性を映し出す逸品ぞろいだ。『あまちゃん』も担当していたデザイナーの枝茂川泰生さんはこう話す。
「花山の気難しい性格を表現するために、鉛筆や筆、万年筆はすべて同じ向きにして、お尻をそろえて並べています。当時は鉛筆削りがなかったので、鉛筆は1本1本、かみそりやナイフで削り、あたかも使っている雰囲気を出すために、芯の長さをバラバラにしました。ずっと握っていると先の木の部分が黒くなるので、そうした使用感もわざと出しています」
注意して見ていなければわからないような机の上の鉛筆に、それほどの労力がかけられていたとは…。さらに驚いたのは、インク壺。花森さんが実際に愛用していた海外メーカーのものをわざわざ探してきたのだという。
「インク壺は口のところに小さなポケットがついていて、最後の一滴まで無駄にせずに使えるもの。花森さんはそれが気に入って、ずっと大事に使っていたそうです。今はもう販売されていないので日本全国いろんな文房具店に当たり、1個だけ置いてある店を見つけました。それと小道具さんが持っていたものを合わせて2個、花山の机に並べています」(枝茂川さん)
刀のつばを文鎮代わりに置いてあるのも、独特の感性をもつ花山のキャラクターを表現するためだそうだ。
「私の経験では、ここまで細部にこだわったドラマはなかなかありません。机が映った時に、それだけで“そこに花山がいる”と思わせなければいけない。デスクひとつからも、その人のキャラクターや仕事の仕方が透けて見えると思うんです」(近藤さん)
一方、他の編集部員の机は、机と机の間に隔たりがなく、文房具も共用になっている。これは常子の“社員を家族のように大切にする”という考えを形にするためだとか。
「ものを大切に使うということで、受話器にカバーをしたり、ペン立ての下に敷物を敷くなど、机を傷つけないような工夫と同時に、女性らしさも表現しています」(枝茂川さん)