オバマ米大統領(当時)が、シリアのアサド政権による化学兵器の使用を「レッドライン(越えてはならない一線)」として警告したにもかかわらず、結局、その使用が確認されても実力行使を見送ってから10年が過ぎた。だが、その約束は次の大統領によって果たされた。
世界の各国政府は来年の米大統領選でトランプ前大統領が返り咲いた場合の外交政策を推し量ろうとしている=ロイター
トランプ前大統領が選出された時、彼が人道的な観点からシリア空軍基地を巡航ミサイルで攻撃するなど誰が想像した
だろうか――。
筆者がこんな問いかけをしたのは、もし第2次トランプ政権が誕生したら外交政策はどうなるだろうと世界の各国政府が推し量ろうとしているからだ。まだしも2048年4月16日午後3時12分のロンドンの気温を予測する方が簡単そうに思える。
前大統領は結局のところ利己的な人間だ。自分の都合で政策を振り回し、「世界などどうにでもなれ」と外交を軽視し米国を内向きにさせるかと思えば、「世界に我々の強さを思い知らせてやる」とやたら強気の外交姿勢をとるような人物だ。
ナショナリストは国益を見極めるのが下手
来年の大統領選で彼が返り咲いた場合に想定される予測については、どれも真に受け止めるべきではない。とはいえ、あり得そうな展開はいくつかある。
トランプ政権が再び誕生すれば、ロシアに対する制裁の規模縮小や緩和に動くだろう。ウクライナへの物資の輸送ペースは鈍る公算が大きい。これらは「米国第一」主義を実行しているとして正当化されるだろうが、実際のところ逆の効果を生むことになる。
1990年の第1次湾岸戦争以降、ウクライナ支援ほど米国の存在感を国際社会で高めたものはない。米国から武器の供給を受ければ、世界3位の軍事費を誇るロシアの侵攻を食い止め続けられると世界に知らしめたからだ。
米国と中国の双方に対し、どっちつかずの態度を取っている国が、米国にこれほどの圧倒的実力を見せつけられたらどう思うだろうか。ベトナムは9月、米国との外交関係を中国と同格の最上位に引き上げた。
ベトナム共産党の最高指導者チョン書記長(左から2人目)は9月10日、同国を訪問したバイデン
大統領と会談、これを受けベトナムは米国との外交関係を最上位に引き上げた=ロイター
厄介なことに、ナショナリストは誰よりも国益を見極めるのが下手だ。よってトランプ前大統領もその取り巻き議員らもウクライナを見捨てるだろう。他にも米国が締結してきた数々の国際条約を破棄するという脅しが以前にも増して増えそうだ。
韓国や日本との2国間協定にも致命的影響
つまり、安全保障面では北大西洋条約機構(NATO)に加えて、韓国や日本との2国間協定がその矛先となるだろう(いずれも紙幣と同様、信用の上に成り立っているため、正式に破棄せずとも米国の立場をあやふやにするだけで致命的な影響が生じる)。
経済面では当然、世界貿易機関(WTO)が攻撃対象となる。前大統領は2018年にWTOルールを覆すべくある立法を試みたが、実を結ばなかった。だが2度目の政権では、自身がかなりの高齢となり、憲法で3選が禁じられていることもあり、さらになりふり構わなくなる可能性は高い。
それ以外は、既定路線から逸脱するというより従来路線を踏襲する可能性が高い。保護主義にしても、イラン問題にしても、アフガニスタンからの撤退にしても、バイデン大統領は前政権からの方針をほとんど変えていないからだ。バイデン氏はサウジアラビアと当初は人権問題を理由に距離を置いていたが、最近は前大統領が得意とする駆け引き外交に転じている。
経済的な問題にしか関心がない
というわけで前大統領が再選された場合、トランプ流外交で世界が驚くような展開は1つしかない。ただ、その1つは最も重要な意味を持つ。
トランプ前大統領は米中関係の緊張の一部を解消できる立場にある。前大統領が米国の対中政策を一段と敵対的にしたことは間違いないが、その後、様々なことが起きて多くの人が忘れてしまったことがある。
中国に対する前大統領の不満は、あくまで経済的なものに限られていたという点だ。
世界での自国の役割を見据えた大戦略(アジアの海域を支配するのは誰か)や、政治哲学(民主政治は独裁政治より優れているか)を巡る中国との対立はポンペオ前国務長官やバイデン氏に加え、既存の政財界エリート層がもたらしたものだ。彼らの間でこの5年間に起きた世界観の変化は、それまでの50年よりかなり大きい。
したがって、トランプ前大統領が再選されて、中国との貿易面の関係で自らの主張がある程度受け入れられたと彼が思っても、中国の「封じ込め」に関心を持つなどと期待しない方がいい。
この点を鮮明にわからせてくれるのが台湾問題だ。バイデン氏は、台湾防衛に関する戦略をあいまいにしてきた歴代大統領に比べ、必要とあらば米国が台湾防衛に直接乗り出すという姿勢を明らかにしてきた。トランプ前大統領はいまだに台湾問題への態度を明らかにしていない(しかも中国の習近平=シー・ジンピン=国家主席を懐かしみ、目をうるませかねないほどの様子だ)。
米政府を今、突き動かしているのは台湾への懸念だけではない。米国が介入しなければ、覇権国としての米国に対するあらゆる同盟国からの信頼を失ってしまうと恐れているためだ。
多くは想定できるが、驚くべきは米中のデタント
とはいえ、もし前大統領が覇権国など愚かな考え方だと言い出したらどうだろうか。そして、アジアに駐留する米軍の経費までも出し惜しみし始めたらどうだろうか。
トランプ前大統領の関心がいかに狭いかといえば、半導体生産の「ビジネスを我々から奪った」というふうにしか台湾をみていない。哀れなほどに凡庸で、お金でしかものごとを考えられない男について、その支持者も敵対者も様々な幅広い発想を常に持っている人物だなどと思い込んでいる。
一部でささやかれている通り、トランプ前大統領の対中姿勢はコロナ禍を機に強硬に転じたかもしれない。また、彼は集中力がとにかく持続しないため、行政府内に存在する筋金入りの対中強硬派に対するコントロールを徹底させられない可能性もある。
ただ、世界は米中の対立はずっと続くと想定済みだ。第2次トランプ政権が誕生するとしたら、多くのことは予想できるが、驚くべき展開は米中のデタント(緊張緩和)をもたらすかもしれないという点だ。
By Janan Ganesh
(2023年9月26日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)
日経記事 2023.10.06より引用
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(関連情報)
【事実】2016年、トランプ・ブームはマケドニアの小さな町ヴェレスの若者たちのデマから始まった。https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/02dc2fa491e85b3d17884ebf16907127