取材に応じるポーランド開発銀行のベアタ・ダシンスカ=ムジチュカ総裁
州のバルト海、アドリア海、黒海に囲まれた13カ国による「三海域イニシアチブ(3SI)」に注目が集まっている。
中東欧を中心に、南北欧州をつなぐエネルギーや運輸、デジタルのインフラを整備する構想。ここにきてロシアに侵攻されたウクライナの復興事業との連携も視野に入ってきた。商機とみた日米など域外国の政府・企業関係者も熱視線を送っている。
「13カ国で人口が1億3000万人。もっとも高い経済成長率を実現している地域だ。日本企業にとっても協業するよい機会だ」。
3SIの旗振り役であるポーランド開発銀行のベアタ・ダシンスカ=ムジチュカ総裁は10月下旬に来日し、日本経済新聞の取材にこう述べた。ダシンスカ=ムジチュカ氏はポーランドの3SIに関する大統領特別代表も兼務している。
日本ではほとんど知られていない3SIの参加国は、エストニア、ラトビア、リトアニア、オーストリア、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチア、ブルガリア、ルーマニア、ギリシャの計13カ国。いずれも欧州連合(EU)加盟国で、旧社会主義、旧ソ連の国が多い。ドイツやフランスなど西欧と比べると1人あたり国内総生産(GDP)が小さい半面、成長余力が比較的高く潜在力を秘める地域だ。
LNG基地や送電網整備を計画
欧州は2010年代前半にユーロ圏の債務危機を経験した。投資不足に悩んでいた中東欧のポーランドとクロアチアは15年、域内外の資金を呼び込み、経済を活性化させる目的で3SIを提案した。
バルト海、アドリア海、黒海を取り巻く地域を対象に、欧州の南北を貫くインフラを整える構想は、中東欧版の「一帯一路」ともいえる。16年以降は毎年首脳会合を開いており、トランプ前米大統領が参加したこともある。
トランプ前米大統領(前列左から2人目)は2017年の3SI首脳会合に出席した(ワルシャワ)=ロイター
たとえばアドリア海に面したクロアチアに巨大な液化天然ガス(LNG)基地を建設し、気化したガスをパイプラインでハンガリーやオーストリアなどに運んだり、バルト海の洋上風力発電設備から中東欧に電力を送ったりするといった計画がある。
域内の30年までの資金需要は「6500億ユーロ(約100兆円)」(ダシンスカ=ムジチュカ氏)といわれ、ガスや電力の供給網、鉄道・道路整備など約90の個別プロジェクトが動き始めている。
EU資金や各国の予算、EUの政策金融機関である欧州投資銀行(EIB)による融資に加え、9億ユーロ強の3SI基金という独自の財源を持っているのも特徴だ。
「ルーマニアとブルガリアの(ドナウ川を挟んだ)国境線は458キロメートルもあるのに、両国に架かる橋は2つしかない」(ダシンスカ=ムジチュカ氏)という域内の貧弱なインフラの改善は、ロシアによるウクライナ侵攻後の課題として急浮上した。域内でエネルギーなどを融通しあうことで、ロシア産の天然ガス・原油に過度に依存しない体制づくりが急務になった背景もある。
岸田首相「強く支持」とビデオメッセージ
注目度が格段に上がったのは今年9月にルーマニアの首都ブカレストで開いた首脳会合からだ。ギリシャを13番目の参加国に加えるとともに、旧ソ連のウクライナ、モルドバを準参加国とすることを決めたのが大きい。
欧州の南北をつなぐインフラ整備だけでなく、隣接するウクライナの復興事業などと連携しながらプロジェクトが進む可能性が出てきた。
「欧州とインド太平洋の安全保障は不可分であるとの認識が広まるなか、日本としてもこの取り組みを強く支持しています」。
岸田文雄首相は首脳会合にこんなビデオメッセージを届けた。
これまでの外相によるメッセージを首脳レベルに「格上げ」し、日本の官民が積極的に参加していくと意思表示をした格好だ。
日本からは国際協力銀行(JBIC)のほか、商社、電機メーカーなどが初めて3SIのビジネスフォーラムに参加した。
日本勢としては鉄道車両や交通システム、IT(情報技術)インフラなどの商機を見込む。旧ソ連時代からの鉄道インフラは古く、更新需要は大きい。
さらにウクライナは鉄道の線路幅を欧州規格に変更し、中東欧との輸送力を高める方針。地域の鉄道インフラ整備では「日本の技術に潜在力がある」(ポーランド国立東方研究センター)と関係国からも期待されている。
ケリー米特使、次世代原発の売り込みに躍起
ケリー米気候変動特使は原発の重要性を力説した=ロイター
「ウクライナに対するプーチンの残忍な戦争によって3SIの戦略的重要性が強化される。エネルギーの源や経路、種類を多様化することが重要。
同時に、クリーンエネルギーへの移行が気候とエネルギー安全保障という双方の課題への解決策となるのがはっきりした」。首脳会合でこう力を込めたのは米国のケリー気候変動特使だった。
米国は小型原子炉開発の米新興企業ニュースケール・パワーによる次世代原発「小型モジュール炉(SMR)」を中東欧に強く売り込んでいる。
旧ソ連時代にさかのぼる地域の石炭火力発電所を米企業のSMRに転換、米国主導で地域の脱炭素化をリードしようとしているのだ。「韓国のサムスンも原発を現地に懸命に売り込んでいる」と日本企業も強く警戒している。
ウクライナとロシアの戦況はなお出口が見えないが、ウクライナの戦後復興には4000億ドル超の資金が必要といわれる。中東欧を中心とする3海域に加えてウクライナの復興事業が動き出せば、西欧企業も含めてグローバル企業は一段と関連ビジネス拡大をめざすとみられている。
中ロの影響力抑止という地政学的な意味合いも
ミシェルEU大統領㊧と握手するモルドバのサンドゥ大統領=ロイター
3SIには地政学的な意味合いもある。旧ソ連であるウクライナはロシアと戦火を交え、モルドバもEUや北大西洋条約機構(NATO)との連携強化に動いている。
親ロシア・中国の姿勢を示すハンガリーをほぼ唯一の例外として、地域全体としては経済的威圧を辞さない中国とも距離を置き、同盟国である米国や、主要7カ国(G7)の一角である日本との協力を拡大しようという機運が高まっている。
特に米国は中ロの影響力拡大を抑える狙いから一貫して3SIを支持してきた経緯がある。
日本は後発ではあるが、「日本企業は非常に重要」(ドランガ駐日ルーマニア大使)と技術力と資金力に熱い視線が注がれているのも事実だ。
日本国際問題研究所の吉田優一研究員は「3SIの対象地域にはSTEM(科学、技術、工学、数学)人材が豊富にいて、比較的社会も安定している」と日本企業が参入する余地は大きいとみている。
JBICが今年5月、ポーランド開銀の円建て外債(サムライ債)への保証を発表したのも、広い意味で3SIに日本として関与していく証しともいえる。
中東欧からウクライナ・モルドバに広がる地域は「欧州最後のフロンティア」との見方もある。日本企業は積極果敢にリスクをとりにいけるのか。
日経記事 2023.10.24より引用
2022年2月、ボストン連銀とマサチューセッツ工科大学(MIT)のチームはA4用紙約40枚に及ぶホワイトペーパー(白書)を公表した。
タイトルは「CBDC向けに設計された高性能決済処理システム」。中銀デジタル通貨(CBDC)導入に向け、技術的な課題を検証するために立ち上げた「プロジェクトハミルトン」の最初の成果文書だった。
日銀関係者も驚きの成果
米国は独自のCBDC「デジタルドル」の発行について現状、導入の是非を明らかにしていない。
だが、白書の公表翌月にはバイデン大統領がCBDCの検討を加速する大統領令に署名し、CBDCの導入に向けた機運は一気に高まった。
10ドル札の「顔」を務める初代財務長官と、アポロ計画を支えたプログラマーの2人の名を冠したプロジェクトの成果は、世界の中央銀行関係者を驚かせた。
1秒間の処理件数を意味する「スループット」は170万件。ボストン連銀とMITのチームが当初設定した10万件を大きく上回る。日銀関係者は「先進国の目標水準を大きく超える速度で、驚くべき水準だ」と語る。
ボストン連銀とMITのチームは研究成果をソースコード開発共有サイト「ギットハブ」に共有。
民間の知見を生かしながら技術的発展を促す道を模索した。プロジェクト自体もプライバシーや応用技術の導入をテーマに「第2フェーズ」に進むことを宣言した。
だが、順風満帆にみえたプロジェクトに突然、逆風が吹き始める。
その年の12月1日、プロジェクトを主導していたボストン連銀のコリンズ総裁のもとに1通の書簡が届いた。
差出人にはトム・エマー院内幹事など共和党の議員ら9人。プライバシー侵害への対応などを問いただす研究に批判的な内容だった。
「ビッグブラザー」を警戒
西部開拓の歴史を持つ米国では、伝統的に国家の過度な介入への警戒感が強い。
CBDCが導入されれば、日々のお金の流れを当局が把握することになり、監視社会となりかねないとの懸念がある。
共和党の一部議員はCBDCをジョージ・オーウェルの小説「1984年」に登場する独裁者、ビッグブラザーになぞらえ、世論の反発をあおった。
FRBのパウエル議長はデジタルドルの準備を進めてきた=ロイター
米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は「CBDCはプライバシーや個人情報を守るものでなければならない」と配慮を約束する。
CBDCの方が民間のデジタル通貨よりもプライバシー侵害のリスクは小さいとの指摘も多い。だが、今年9月下旬には共和党のエマー院内幹事がまとめた反CBDC法案が米下院の委員会を通過するなど、反対派の勢いは止まらない。
小さい政府を志向し、できるだけ民間の力を生かそうとする共和党と、銀行口座を持てない人々にもデジタル決済手段を供給しようと考える民主党。そんな政治対立のはざまで、デジタルドルの針路が揺さぶられている。
「我々は(CBDC導入決定から)かなり遠いところにいる」。FRBのバー副議長は9月、厳しい現状を率直に認めた。FRBはCBDCについての研究を継続しながら、政治判断が固まるのを待つことになる。24年の大統領選挙の結果が、デジタルドルにとって岐路となる可能性がある。
プライバシー、正面から議論を
そもそも、なぜデジタルドルが必要なのか。
CBDC開発で先行する中国が技術や規格で主導権を握れば、米国の通貨覇権が揺らぎかねない。決済の主役がデジタルに切り替わるとき、誰もがどこでも使える決済手段を用意する必要もある。バイデン氏の大統領令の背景にあったのは、こんな問題意識だった。
導入には市民の不安を打ち消す努力も必要だ。プライバシーは米国に限らず、CBDC導入を議論する際の重要なテーマだ。プライバシー保護とマネーロンダリング防止をどう両立させるかは丁寧な説明が欠かせない。議論の迷走を避けるためにも、利点とリスクをあらかじめつまびらかにすることが、導入判断の大前提となる。
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日本のGDPは長期的に低迷を続けている=ロイター
日本のドル換算での名目GDP(国内総生産)が2023年にドイツを下回って4位に転落する見通しであることが国際通貨基金(IMF)の予測で分かった。
足元の円安やドイツの高インフレによる影響も大きいが、長期的な日本経済の低迷も反映している。
23日までに公表した経済見通しで示した。名目GDPはモノやサービスの価格変動を含めた指標で、国・地域の経済活動の水準を示す。一般的な経済規模を示す指標として用いられることが多い。
23年は日本が前年比0.2%減の4兆2308億ドル(約633兆円相当)、ドイツは8.4%増の4兆4298億ドルとなる見込みだ。1位の米国は5.8%増の26兆9496億ドル、2位の中国は1.0%減の17兆7009億ドルだった。
2000年の時点では日本の経済規模は今より大きい4兆9683億ドルで世界2位だった。
00年初の円相場は1ドル=105円程度。当時のGDPはドイツの2.5倍、中国の4.1倍だった。10年に日本を抜いて2位の座についた中国は、23年には日本の4.2倍となる見込みだ。
第一生命経済研究所の熊野英生氏は「足元では金融政策の差により円の対ドル相場が下落していることが影響しているものの、長期的には日本の成長力の低下が背景にある」と指摘する。
それぞれの00年からの名目GDPの伸びを自国通貨建てに直すと、中国が12.6倍と突出する一方で日本は1.1倍にとどまる。伸びはドイツの1.9倍や米国の2.6倍を大幅に下回る。物価変動を除いた実質GDPでみても日本の伸びは1.2倍と米独よりやや低い。
1人当たりの名目GDPでは、日本は23年に3万3949ドルとIMFのデータがある190の国・地域のうち34位となる見込みだ。1位はルクセンブルクの13万5605ドル。日本は英国やフランス、イタリアなどより低く、35位の韓国(3万3147ドル)に肉薄されている。
00年時点で、日本の1人当たり名目GDPは同187カ国・地域のうちでルクセンブルクに次ぐ2位の3万9172ドルだった。23年と00年を比べると日本の1人当たりGDPは13.3%減っており、日本経済の低迷を映す。
内閣府は2001年3月の月例経済報告の中で、日本が緩やかなデフレにあると初めて認定した。
家計が貯蓄を優先したり、企業が新たな設備投資を抑制したりして経済全体にマイナスの影響を与えると警鐘を鳴らした。日本は生産年齢人口(15〜64歳)も95年から減り続けている。
熊野氏は「持続的な賃上げと、企業の稼ぐ力を高めるための生産性向上が急務だ」と指摘している。(金岡弘記、ワシントン=高見浩輔)
【関連記事】
日経記事 2023.10.24より引用
イスラエルとガザについて発言するスナク英首相(23日、ロンドン)=英議会・ロイター
【ロンドン=江渕智弘】
スナク英首相は23日、パレスチナ自治区ガザのアル・アハリ病院で17日に起きた爆発について「ガザから発射されたミサイルによって引き起こされた公算が大きい」との見解を示した。
英議会下院で「我々の情報機関、兵器専門家らの深い知識と分析に基づく」と説明した。
この爆発で約500人が犠牲になったと伝えられる。スナク氏は「ガザからイスラエルに向けて発射されたミサイル、あるいはその一部によって引き起こされた公算が大きいと判断している」と述べた。
爆発の直後からアラブ諸国は「イスラエルによる空爆」と非難し、ヨルダンでのバイデン米大統領とパレスチナ自治政府のアッバス議長らの会談が見送りになった。
スナク氏は23日、ガザの人道支援のため2000万ポンド(約36億円)を追加で拠出することも表明した。
日経記事 2023.10.24より引用