幅広い業種の人材が「卒業」している
日産自動車やパナソニックホールディングスなど大手企業の出身者が中高年層の「学び直し」を支援する組織がある。
企業向けの研修などを手掛けるライフシフト(東京・港)が設立した「ライフシフト大学」だ。東京大学や早稲田大学のような教育機関ではなく、中高年層に人生を再設計する機会を与えている。
東京都港区のビルの一角で8月上旬に30代から60代の約20人が集まり「卒業式」を開いた。
商社や自動車部品メーカー、教育関連企業など所属も年代も異なるメンバーが集まり、証書を受け取った。
ライフシフトは2019年に社会人へ「再教育サービス」を提供する組織としてライフシフト大学を設立した。これまでに8期の「卒業生」を送り出している。
10年・20年後の人生を学ぶ
「ここでの学びがなければ、おそらく50代で迷子になっていた」。卒業式に参加した自動車部品メーカー勤務の山岸純子さんは、こう話す。
最も印象に残ったのが長期の人生設計を学ぶ講義だった。「企業での一般的な学びは2〜3年後に向けた内容が多いが、10〜20年後を見据えた講義だった」と振り返る。
ライフシフト大学のテーマは「人生100年、80歳現役の時代を生き抜くための学び直しの場」だ。期間は5カ月で講師は大学教授やコンサルタントなどが務める。
徳岡理事長は法人向けコンサルから方向転換した
社会人向けの再教育では事前に取得するスキルや資格を決め、短期間で習得できるプログラムを組むことも多い。
しかしライフシフト大学で学ぶのは人生設計の考え方だ。自身が持つ強みや変化のきっかけをどうつくるかなど、基礎的な考え方から学ぶ。
基礎教育に加えて実践も重視する。
魅力的なシニアやリーダーになるためのコミュニケーション力や論理的な思考を学ぶほか、地域の社会課題を解決したり、企業の新たなサービスを開発したりする演習も組み込まれている。
講義はすべてオンラインだ。「どこからでも参加でき、メンバーとの会話や交流が豊富だったので続けられた」と語る泥谷英樹さんは商社でブラジルに勤務しながらプログラムに参加し、卒業した。
日産自動車の出身者が設立
ライフシフトは日産出身で多摩大学大学院名誉教授の徳岡晃一郎さんが17年に発足させた。
徳岡さんは人事部や欧州日産などを経て退職した後に、コンサルティング会社を経て起業した。
当初は企業向けの研修が中心だったが「企業で研修を実施していると『個人でも学びたい』というニーズが想定以上に多いと感じた。それが大学をつくるきっかけだった」と語る。
人生100年時代やライフシフトなどの考え方は、リンダ・グラットン氏の著書「ライフシフト」で広く知られるようになった。
ライフシフト大学のカリキュラムではこうした著書も使い、読書会を通じて考え方を議論する。
「80歳現役」がテーマだが、申し込みは40代など働き盛りの世代が多い。
「55歳で役職定年を迎えても、さらに20年は生きなければならない。定年を前に、自分の弱みや強みを見つめたいという人が多い」と徳岡さんは明かす。
会社人生の先輩が指南
サポート役を担うのは自身も「ライフシフト」を体現したメンバーだ。
副学長の佐藤勝彦さんは徳岡さんと同じ日産の出身で、約30年間勤めて退職した。フォード日本法人の社長などを経て、徳岡さんとの設立に関わった。
佐藤さんは「日産時代は順調にキャリアを積んできたはずだった」と振り返るが、1つの会社に人生を依存する怖さも味わった。
日本企業にありがちな課題として、社員が持つ技能を生かせる場所が自社に限られてしまっていることに課題を感じてきた。
2
2年に学長に就任した藤田英樹さんはパナソニック(現パナソニックホールディングス)に36年間勤めて営業や米国駐在、経営企画や渉外の責任者を経験した。
順調にキャリアを積み上げたが、日本型の働き方に課題も感じた。
「日本の会社は縦割りの意識が強い。同じ職能で仕事をして、そのルールの中で通用することしかできない。
会社の外に出て初めて、自分のスキルが使えないと気がつく」と藤田さんは指摘する。
パナソニックを退職し、業界団体の専務理事を務めていた時期に徳岡氏に誘われた。自らもライフシフト大学で学び、学長に就任した。
申し込んでくる社会人の多くは学び直しの必要性を理解しても、何をすればいいか分からないと悩む人が多い。
藤田さんや佐藤さんら経験豊富なメンバーが相談役となり、会社時代の経験も交えて細かくコーチングしていく。
「校友会組織」も存在
佐藤副学長は1つの会社に依存するリスクを実感した
卒業生が交流する「校友会組織」も存在する。
卒業生には転職や起業の道を選んだり、会社で新たなプロジェクトに着手したりする人がいる。大学での学びを継続的な学びにつなげる狙いがある。
ライフシフトの主力事業は企業向け研修で、大学運営による収益は小さい。
それでも大学が企業向け研修を受注する契機になったり、企業向け研修を受けた社員が大学に入学したりといった事例が出てきた。
9月には9期目のカリキュラムが始まった。今後は講師陣をさらに充実させるなど、一段と幅広い層の悩みを受け止められる体制づくりが課題となる。
(川上梓)
日経記事 2023.10.22より引用