電気自動車(EV)シフトの流れが強まる中、東レが「ナノ積層技術」を使った新製品を相次いで投入する。
10億分の1メートルという単位でフィルムを積層。約15年前に開発した技術だが、電磁波透過性や遮熱といった性能を高められることからEVや自動運転などのCASE技術と相性が良いとされる。東レはコア技術を磨き続ける「極限追求」の姿勢で新市場を開拓する。
東レ独自の「ナノ積層技術」を使った樹脂製フィルム
光沢を放つなめらかな曲線、一見すると金属のように見える物体。
これは、東レが培ってきたナノ積層技術を使った樹脂製フィルム「PICASUS(ピカサス)」だ。
50~200ナノ(ナノは10億分の1)メートルという極薄のフィルムを約1000層にわたって積み重ねた。
フィルムの層が厚ければ波長の長い赤や近赤外線といった光を反射し、薄ければ波長の短い青や紫外線といった光を反射する性質がある。
このため、出したい光沢に応じて層の厚みを変えなければならないが、東レはフィルムの厚みを1ナノメートル単位で調整できる。東レフィルム研究所の長田俊一所長は「それぞれの層の厚みを個別に制御できるのは独自の技術だ」と明かす。
ナノ積層技術によって光の進路を自在に制御できるほか、フィルムは成形がしやすく、引き裂かれにくくなる。
顧客からは「見た目は金属なのに樹脂製で軽い」「電磁波は透過するが、赤外線などは透過させるか反射させるかが選べる」という点も評価されている。
東レがナノ積層技術を使った製品を本格的に売り出し始めたのは約15年前だ。
当初は金属のような光沢を出すため、従来型携帯電話「ガラケー」の背面に使われており、大手メーカーがこぞって採用。その後、ノートパソコンやスマートフォンの背面などにも用いられてきた。
足元ではCASE時代に移行しようとしている自動車業界への売り込みを強める。
「EV化の潮流によって、電磁波透過性や遮熱といったナノ積層技術の特性がより生かせるようになった」(長田氏)。新製品を相次いで投入しているのだ。
例えば、車のフロントガラスに情報を表示する「ヘッドアップディスプレー」。
通常のガラス板に映像を投影させようとした場合、ガラス板の表と裏の両面に反射して映像が二重に見えてしまうという課題があった。
そこで東レは2020年、この課題を解決できるフィルム「PICASUS VT」を開発した。
ナノ積層技術を使い、正面からの光は透過させ、斜めから入ってくる光は反射させられるように設計。このフィルムをフロントガラスに貼り付けると、投影した映像がはっきり映るようになる。
東レが開発したフィルム「PICASUS VT」を貼り付けたガラス(左)は、アクリル板(右)
よりも投映された映像がはっきりと映る
東レは23年に本格的に販売を始めており、国内外の自動車メーカーやディスプレーメーカーからの注文が増えている。
23年6月には、EVの機能性を高める遮熱フィルムを開発した。フロントガラスに貼ることで車内のエアコンの消費電力を約27%減らし、航続距離を最大で約6%延ばせる。さらに高速通信規格「5G」などの電波の減衰率を1%程度に抑え、自動運転技術のサポートにもつながる可能性があるという。
フィルムは遮熱性と透明性を両立させようとすると、意図しない部分で発色してしまう「色づき」が発生する。東レは10年弱もの間、この問題の解決に取り組んだ。フィルムの層と層の間に極薄層を入れる手法を編み出して量産化にこぎ着けた。
23年8月にはナノ積層技術を応用し、前を走る車両との距離を検知するレーダーに使う「ミリ波」を吸収するフィルムも開発。ミリ波が障害物に当たって反射し、誤作動につながってしまうことを防げる。
ナノ積層、基の技術はビデオ
自動車業界で引き合いが強まるナノ積層技術だが、実は、基となったのはビデオテープに使われた昔の技術。東レが自社のDNA(遺伝子)とうたう「一つのことを深く掘り下げていくと新しい発明・発見がある」という「極限追求」によって生まれた。
当時、ビデオテープに使うフィルムになんらかの機能性を持たせる場合、フィルム全体に無機粒子を添加するのが一般的だった。しかし、これだと表面にランダムな突起が生じてしまう。
そこで東レは粒子を含んだポリマー(高分子)をフィルム表面に薄く積層し、粒子を一列に並べるという技術を開発。表面に生じる突起の高さを均一にすることに成功した。
東レフィルム研究所の宇都孝行主任研究員は「ビデオテープの平滑性と滑り性を両立し、大きな市場シェアを獲得した歴史がある」と自負。
ビデオテープはDVDの台頭によって姿を消したものの、東レがそこで培った技術は、世界トップシェアの積層セラミックコンデンサーの製造フィルムや、偏光板の製造工程で使う材料などに応用されてきた。
ナノ積層技術も、ビデオテープの技術を深掘りして生まれた。ピカサスを量産するために特殊な製造装置を自社で開発。
詳細はベールに包まれているが、溶かした2種類の樹脂を流し込むことで約1000層の積層を一気に形成できるという。
EVを巡っては、米テスラや中国・比亜迪(BYD)などの海外勢が市場をリードしており、日本勢は出遅れているとされている。
もちろん、自動車メーカーに部材を供給する化学、素材メーカーにとっても他人事ではない。
時流を見定められるかどうかで追い風にも向かい風にもなり得る。実際、東レだけでなく、旭化成やAGC、マイクロ波化学などもこぞってCASE市場向けの新素材開発に注力している。
東レに限らず、日本の素材メーカーは、自社のコア技術を顧客が求める新技術や新材料へと改良したり応用したりすることがお家芸とされてきた。
CASE時代に求められる新たな素材ニーズを先読みし、先回りした提案を打ち出せるかどうかが各社の明暗を分ける。